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おれはそんな鎌倉を知らない 映画『海街diary』

 

小説や漫画を映画化すると、あれやこれやが足されて悲惨なことになることがある。『海街diary』はどうか。これはむしろ映画として成り立つのか、というくらい引き算しすぎたところで、それでも成り立っている作品である。冒頭の長澤まさみのボディで満足とかそういう話ではない。なんというか、話がないといえば無い。あえて泣かせにこようというところもない。明らかにそういうところを引いている。引いた上で、極楽寺あたりの家、腰越あたりの海、そして四姉妹が描かれている。四姉妹が、描かれている。原作を知らないと、すずの立場がわかりにくいかもしれない。そんなところもいちいち説明しない。「ほら、広瀬すずだ」ということである。この広瀬すずであれば、なるほど人生は輝いている。間違いない。綾瀬はるかの失恋にしても盛り上げようというところがない。大量のナシを買ってくるばかりである。そういうのを風吹ジュン樹木希林リリー・フランキーが脇を固めて攻めてくる。いや、攻めてこない。鎌倉は天然の要塞である。新田義貞でなければ稲村ヶ崎を突破することすら無理だ。無敵の日常を淡々と描いて、こちらに叩きつけてくるところがない。原作ファンとしても、このギリギリの引き算にまいった、というばかりである。まいった、といっても、これは大傑作だ、というわけでもない。でも、なんか悪くない映画だな、と思った。元鎌倉市民視線から言えば、「大船の」とか「藤沢の」という距離感は懐かしい。とはいえ、おれはこんなにキラキラの鎌倉は知らないし、こんなにドロドロの鎌倉も知らない。そうだ、ドロドロもしているのに、さっぱりだ。キレとコクだ。ただ、キレとコクで、なにやら映画らしい一つの山場もない、というあたりだ。そのあたりがいいといえばいいし、食い足りないといえば食い足りない。なんとも不思議な映画、という気がした。そんなところである。

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この四苦八苦の世の中を〜吉田秋生『海街diary』を読む - 関内関外日記(跡地)

 

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