ど真ん中の席で観ろ『サウルの息子』


 どうにも仕事が忙しく、かといって金は入らずの腐りきった、生きがいのない日々を送っている。そんなときには思いきって気分転換で映画に1,800円払ってみるのも悪くないだろう。そう言い聞かせて観に行ったのが『サウルの息子』@シネマ・ジャック&ベティ。よく知らないが、カンヌ国際映画祭グランプリというのならば、なにかしらすごいのだろう。おれはそういうところを素直に飲み込むタイプの人間だ。なにかしらその分野に明るい人たちが評価して、なにかしら有名な賞を獲ったのならば、なにかしら見どころがあるはずだ。これである。一方で、興行収入やベストセラーみたいなランキングはあまり信用しない。え、カンヌのグランプリってどうやって決まるの? おれ、知らね。
 いずれにせよ、そういうわけで、たまには映画でも観て気分を晴ればれさせようというわけでシネマ・ジャック&ベティを訪れた。目的の映画は『サウルの息子』。アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所で同胞のユダヤ人をガス室に送り込んだり、死体処理をする「ゾンダーコマンド」サウルが主人公の話である。死体の中に「息子」の姿を見つけ、ユダヤ教に則った埋葬をするために立ちまわる……。
 って、仕事に疲れた人間の観るべき映画かどうかという話である。それに、上映開始午前11時40分。これは厳しい。おれはこの頃の日曜日13時〜15時くらいに目を覚ますという習慣だ。もちろん、映画のために早寝したが、季節外れの暑さに薬を飲んでもなかなか眠れなかった。
 ……という言い訳をした以上、正直に述べますと、劇中一日目の夜あたり、5〜10分眠りに落ちました。いやはや。いや、最初は両幅の狭いスクリーン、目が悪くなったのかな? というあえてのピンぼけ、主人公を大写しにしつづける撮影、前のめりになりましたとも。「われわれは労働力を欲している」とかいって、とりあえずシャワー浴びてね、での大量虐殺。その死体の片付け役、血反吐の掃除役、そしていずれ必ず消される「ゾンダーコマンド」の立場。これは恐ろしい、恐ろしい。
 しかし、そりゃあそうだ。いくらでも殺していい人間がいて、その後始末をわざわざ自分たちでするわきゃあない。同じ、殺していい人間にやらせるのは当たり前だ。その当たり前、合理的判断、もちろんなにかのタガが外れてる。南京も広島もドレスデンもあろうが、アウシュヴィッツの特異性というのもたしかにある。それを、主人公の目で実感できる。怖い映画だ。
 だけれども、主人公の目からのみの情報だけなので、こちらで考えなくてはならない。なにやら起こるのか? ゾンダーコマンドたちの日々はどうなっているのか? しっかりと観なくてはならない。と、そこでおれは眠気と戦っていた。お茶を飲んだりした。なんとか、耐えしのいだ。気づいたらエンドロールということはなかった。本当に一日目の夜だけちょっと眠気に負けたんだ。
 が、それがわりと命取りで、サウルの視点でグッと入り込んでいたものが、フッといったん抜けてしまって、ありゃ、やや客観的になって、ユダヤ人の埋葬のための儀式とはなんだっけ、火葬はよくないのか、などと考えたりして、ややぼんやりしてしまう。ぼんやりしたまま、ある出来事がおこり、映画は終わる。終わり方は嫌いじゃない。ただ、いったん離れてしまった悔いが残る。
 ……そうだ、悔いが残る。映画、1,800円、居眠り! たとえ5分でも! 巻き戻してくれとはいえない、席に居座っているわけにもいかない(居座ったところで『ニューヨーク眺めのいい部屋売ります』が始まるだけだが)、ああ、しまったなあという気持ちが残る、そればかりが残る。
 冒頭からのしばらく、これはもうなんかすごい方法で撮ったね、と思う。だが、やはり、途中5〜10分くらい落ちた、それが気にかかる。ゆえに「すげえ映画だったぜ」と言うわけにいかないという気持ちになる。せめてもうちょっと館内の室温が低ければ…t…(←今日は暑かった。とはいえ八つ当たり)。
 映画館で映画を観るというのは、やはりどこか本を読むだの、部屋で借りてきた映画を観るだのといったこととは違う、一つの体験なのだ。ゆえにおれはどうしても体験の部分を多く記憶してしまう。ろくでもない『サウルの息子』の感想だとは思う。けど、仕方ないんだ、そういうことにしておくれ。
 しかしなんだ、おれが子供のころ親父がよくNHKのドキュメンタリなんかでアウシュビッツとかやってると「人間、死ぬとわかっていたら、死ぬ気で抵抗しないものなのかね」などと言っていたが、内心「そりゃあ無理な局面ってあるんじゃねえの」とか思っていたが、この映画なんか観たらまさにそう思うわ。そしてまた、それでも抵抗した人たちがいるんだぜ、すげえじゃねえの、親父、とか思ったな。
 ちなみに、ジャック&ベティで今後公開される映画で気になったのはもちろん『ヤクザと憲法』もあるが、キム・ギドクの『殺されたミンジュ』というのもあり、足立正生の『断食芸人』(←カフカの原作、今日、図書館で読んだ)というのもある。『ヤクザ』は必見の思いがあり、体調を整えたい。以上。

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