なつかしのあのころの競馬―『菊とサラブレッド』デイヴィッド・シャピロ

菊とサラブレッド―在日30年のアメリカ人が見たニッポン競馬

菊とサラブレッド―在日30年のアメリカ人が見たニッポン競馬

 べつに競馬をもとにした日本論でもなければ、日米文化比較論でもないんじゃ。週刊ギャロップに連載されておったコラム集じゃ。その証拠に、一つのエピソードの最後に、その週の重賞の予想なんかが載っているんじゃ。それでもって、わしはその予想の中に出てくる馬名に懐かしさを感じ、それでもって、毎週週刊ギャロップを買っておった時分を懐かしくおもったわけじゃ。というわけで、おそらくは連載中も読んでいたであったろう内容なんじゃ。
 それでも、アメリカ競馬というものを実体験している著者の書くエピソードは興味深いんじゃ。

スキーキャプテン目黒記念
 英語では競馬に限らず、確実であることをIt's money in the bankという。

 スキーキャプテンって目黒記念なんかに出ていたっけ。調べてみたら目黒記念には出ていない。直前に故障してしまったのだろう。出ていないのであればマネーはバンクから出てきたりもしない。増えもしないが。
 そのスキーキャプテンAJCCには出ていた。それを勝ったのは、おれが最初に好きになった馬カネツクロスだった。

ベストタイアップ日経賞
 日経賞の顔ぶれを見渡したところ、眉毛が重くなってしかめっ面が出そうだが、やはりベストタイアップ、に注目したい。また展開を味方にできそうなカネツクロスの勢いを止められるか。中山に替わって喜んでいるはずのホッカイルソーやシグナルライトの存在もちょっぴり気になるが、まず大丈夫だろう。

 ここに出てくる馬名だけでご飯三杯という感じではある。

 焼き鳥屋「源兵衛」のおじさんが死んだ時、大昔から彼が大事にしまっていた外れ馬券が丁寧に束ねられていっぱい出て来た。負ける競馬だって意味も味もある。「でないとやってられないよ」と本人はよく言っていた。馬券の束は花と一緒にお棺に入れられた。

 これなどもいい話である。負ける競馬だって意味も味もある。悪くない。おれも死んだら外れ馬券の束を棺桶に入れてもらいたいものだ。もっとも、ある時期を境に馬券はネット上のものになってしまったが、葬儀も将来は電子的なものになっているかもしれない。

 「ケリー、ありがとう、史上最強だよ、お前は」
 手に大束の馬券を持っていた。それを周りの人たちに見せびらかせながら、一枚一枚を破き捨てた。全部が50ドルの単勝の券。おじさんは有り金をGBにつぎ込んでいたわけ。「ケリー、おれはバカだったよ。負けてよかったと思っている。ありがとうよ、ケリー、ありがとう」
 名馬には人間の心を奪う、もう一つの不思議な力もある。

 これも負け馬券の味だろうか。「ケリー」はケルソ、GBはガンボウ(Gun Bow)という馬。
 当たり馬券にも味はある。

 「あんなもの買ったって、元返しになるのが関の山だよ」と、知ったかぶりする誰かがいうと、一人の若奥さんはこう答えた。
 「いいのよ。金になってもあたしは払い戻さない。馬券をがくぶちに入れて家に飾るもん」。この話を知っていれば、セクレタリアトも羨ましく思ったろう。

 セクレタリアトが羨ましく思ったかどうか知らないが、がくぶちに入れられた馬券の主はハイセイコーである。
 近年、といえるかどうかわからないが、そういう時系列だったか、と思うこともある。

 「奇跡の馬」ラムタラが、種牡馬として日本に輸入されるということが発表された翌日、名馬シンザンが倒れた。サラブレッド最年長の記録を伸ばしていたシンザン号としては、ラムタラの来日で自分の任務が終わり、これなら安心して日本の馬作りの灯火を譲ってもいい、と考えて逝ったのだろうか。それとも、ラムタラの売却された金額を聞いてショックで倒れたのだろうか。

 さて、まあ、ラムタラが日本の馬作りにどれだけ……というのは野暮だろうか。

 というわけで、なにやらおれが競馬に夢中になっていたころの馬名がたくさん出てきて、なにやら追体験をしたような気になった本であった。本書で指摘されている日本競馬の世界への開放、あるいは各種連単馬券も発売されるようになった昨今。競馬がおもしろくなったのか、そうでないのか、おれにはわからない。ただ、おれにとって競馬の美しい思い出はカネツクロスのころにあったとと、そうは思える。よりによってダービーの週に書くことじゃないとは思うのだけれど。