しかいがぼんやりとしていた

視界がぼんやりとしていた。少し先になにがあるかもよくわからない。右を見ても左を見ても、振り返って見ても曖昧模糊としていた。上を見上げても、下を見ても、なにがなにやらわからなかった。

わたしそのようなものを見た。

 

司会がぼんやりとしていた。次にはじまるコーナーもわからなければ、今までやっていたコーナーもわからなかった。ひな壇の出演者の顔も名前もよくわからない。カンペに書いてある文字も読めない。とりあえず「それじゃあ行ってみて、ドーン!」と言った。

わたしはそのようなものを見た。

 

歯科医がぼんやりとしていた。人体のどこに歯があるのかさっぱりわからなかった。そもそもそこに患者がいるのかどうかわからなかった。自分の口のなかに手を入れて削ってみた。女性の歯科技工士がいたのでとりあえず抱き寄せて胸をまさぐってみた。

わたしはそのようなものを見た。

 

死海がぼんやりとしていた。いったいぜんたい、おれは海なのか海でないのか。生きているのか、死んでいるのか。きっと死んでいるのだろうと思った。しかし、自分の死因も覚えていないし、だれかに弔われた記憶もなかった。そして、海には墓標すらないのだろうかと思った。

わたしはそのようなものを見た。

 

市会がぼんやりとしていた。自分たちがいったいどこの都道府県に属しているのかもわからなかった。それどころか、どこの国に属しているかもわからなかった。ぼんやりと駅前の駐輪場についての話をしてみたが、ほかの議員はその言葉自体が通じていなかった。

わたしはそのようなものを見た。

 

斯界がぼんやりとしていた。いったいこれはなんのジャンルだったのか、だれも思い出せなかった。だれが権威でだれが新参者かすらわからなかった。そこで、猫を一匹連れてきてみたが、どうも猫は関係ないらしかった。猫は「にゃあ」と言うとどこかへ行ってしまった。

わたしはそのようなものを見た。

 

四階がぼんやりとしていた。一階から三階の住人は安心して我が家に帰れた。問題は五階から上の住人で、いったいあのぼんやりしたところを通過してしまったらどうなるのか、マンションの前に立ち尽くした。四階の住人はすでにぼんやりとしていて誰も気に留めなかった。

わたしはそのようなものを見た。

 

四界がぼんやりとしていた。どこかのだれかが、このぼんやりとしたものにかたいものとやわらかいものを配してみようか、動くものと動かないものを作ろうか、意思を持つものと持たないものにわけてみようか、いろいろと考えていた。四万五千年ほど考えていた。

わたしはそのようなものを見た。