牢屋がおれを呼んでいる? 中島らも『牢屋でやせるダイエット』を読む

おれはどこか刑務所に惹かれるところがある。そういうことはずいぶんと前から、何度も書いてきた。

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すすんで罰というものを受けたい、苦しみを味わいたいというわけではない。余計なことをしないで、することをしていればその評価にも関係なく飯を食える、屋根の付いた部屋で眠れる、その安楽に対する憧れである。人生に余裕があれば精神病院に入院、などというのと同じことであろう。

むろん、これも何度も書いてきたが、牢獄というものがそんなに生易しいものではないということも知っている。官が怖い、というよりも、同居者たちが怖い、というところがある。受刑者が人間関係に悩んでいるという統計などもある。あるいは、アマゾンプライムでやってる『カリギュラ』に出てきた後藤真希の弟の話などでもいい。おれがどんな罪を犯すのか知らぬが、やはり堀の中でも人間関係という鬱陶しく最悪なものに悩まされるのであろう。

と、前置きが長くなったが、中島らもの『牢屋でやせるダイエット』を読んだ。

 

牢屋でやせるダイエット (青春文庫)

牢屋でやせるダイエット (青春文庫)

 

中島らも逮捕。そのときどう感じたか。おれは覚えていない。あるいは、そのとき中島らも作品を読む前だったかもしれない。中島らもが死んだときは読者ではあったが。

それはともかく、「牢屋」でやせるダイエットだ。留置所、拘置所、刑務所、いろいろあるが、まあ刑務所までは行ってないが、牢屋は牢屋だ。だから牢屋なのだ。なにか納得するところはある。

そんな牢屋では、ラジオから「二度と犯すまい」という番組が流れるらしい。犯罪者のレポートであり、心境であり、反省が流れる

 普段ならばこんな説教臭い番組など一笑に付してしまうおれだが、独房で聞くと一味も二味も違うのだ。拘置所の思惑通りとわかっていながらも、

「二度と犯すまい」

 という気持になる。きっちりと感情移入してしまうのだ。

 大体、人間というのは億劫な生き物なので、他人の体験を盗みたがる。その盗む手段としてテレビがあり、ラジオがあり、映画や小説があるのだ。

そういう意味で、おれが他人の獄中記を好むのは「盗み」にほかならないだろう。反省したり反省していなかったり、いや、そんな心中よりも牢屋のディテール、しきたり、それがおもしろくてならない。おれは盗んでいる。そして多分だが、牢屋に入る前に花輪和一の『刑務所の中』を読んでいた中島らも盗んでいたのではないか、そんな気がする。架空のタバコ。おれは金がなくてタバコが買えないので、数ヶ月、下手すれば一年に一度くらい弟と会うさいに「一本すみませんね」といって吸うあの感じ。あれはたまらない。あれの代用としてのボールペン。馬鹿にできない。ちなみに弟は無職。なんで働いてるおれがタバコ買えなくて、無職のやつがタバコ吸ってんだ? 世の中よくわからない。

して、中島らもが「牢屋」に入るはめになった大麻について。

 これは一日の労働から解き放たれ、眠りに就くまでの時間を楽しく過ごすための装置なのだ。

 ここまでの考察に誤りはない。

 だが、ではなぜ人は時間を楽しく過ごさねばならぬのだろう。

 楽しい時間はあっという間に過ぎる。退屈な時間はじりじりとしか進まない。時間を早く進ませるために、人は楽しさを求めるのではないか。これがおれのたどり着いた答えだ。

 つまるところ、生きるということは、死ぬまでの時間をどうやり過ごすかということだ。時間との戦いと呼んでもいい。この戦いに勝たんがための武器として大麻があり、酒があり、全ての嗜好品があるのだろう。

 カート・ヴォネガットは「人生は死ぬまでの暇つぶしで、それ以外のことを言うやつは一切無視しろ」みたいなことを言ってたと思うが、そういうことなのだ。大麻、悪くないじゃないか。いや、大麻吸いすぎてケツから煙が出るようなやつの運転する車には乗りたくはないが、そのあたり、酒と同じくらいの扱いでいいんんじゃないのか。そんなふうに思ったりもする。ちなみにおれは大麻を見たことも吸ったこともない。

生きているということは、すなわち時間という監獄の中に入れられているようなものではないか。時間から釈放されることはありえない。あるとすれば、それは死ぬことだけだ。

時間の監獄の中のおれ、あるいはあなた。刑は執行されている。死ぬ以外に釈放はない。死刑囚なんだ、おれたち全員。そう考えれば、おれの希死念慮だって当たり前の感情にすぎないじゃないか。なあ。おれの人生も、もってあと三ヶ月くらいだ。おれは安アパートの家賃が払えなくなったら、潔く釈放を選びたいと思っている。余命三ヶ月、ぜんぶ馬鹿らしくなってきているが、それでも抗精神病薬をかっ喰らい、なんか会社とか行ってんだ。馬鹿馬鹿しい。おれはきっと牢屋が好きなんだ。たぶん、そうなんだろうよ。

ところで、牢屋でやせるのか? それは本書を読んでくれ。それだけだ。