阪神競馬場のうどん屋で詰められる

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仁川駅は思いのほか小さかった。この駅の最寄りに中央競馬の主要四場の一つがあるとは思えなかった。競馬場周辺の独特の空気がなかった。

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しかし、競馬場はそこにあったのだから仕方がない。到着時にちょうど一レースの直線。仕込んでおいた馬券は負けた。おれはパドックに行く。

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特徴的な屋根。

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しかし、サラブレッドはどこでも美しい。この馬など、いかにもオルフェーヴルの子供という感じがするではないか。

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世界のどの競馬場もつながっている。

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馬がいて、騎手がいる。それを見ている数えきれない人生の敗者、そして一握りの勝者がいる。

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ミルコ・デムーロがいる。うそだ。この日、ミルコ・デムーロは香港にいた。

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パドックから建物をくぐり抜けるとそこにコース。なんとはなしに大井競馬場を思い出す。もっとも、おれが競馬場に出向いたのはいつ以来だろうか? とくに、中央競馬など、それこそオルフェーヴル東京優駿以来ではないか? そんなことはないか。いや、そんなことはある。

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たぶん、だけれど。

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あらためての阪神競馬場。客層が若い、と感じた。そしてマナーがよい。おれが近ごろ競馬場に足を運ばなかったせいもあるだろうが、そのように感じた。若者たちが競馬を楽しんでいる。なにか悪いことがあるだろうか?

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そして、阪神競馬場からは山が見えた。おれは府中、中山、南関四場しか競馬場というものを生身で知らぬが、山が見える競馬場というのは初めてだ。関東の競馬場はまっ平らなところにある。山は見えない。山が見える競馬場というのはいい。どこかしら、いい。

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どこの競馬場もつながっている。バズーカのような望遠レンズを抱え、場所取りをする人たちもいる。ちなみに、この場所取りは場所取りの人がいない間にグシャグシャにされていたが、戻ってきた場所取りの人は健気にガムテープを貼り直していた。巣を壊された昆虫のように見えた。禁止されている行為をしている人間に、健気もなにもあったものじゃないだろうが。おれとしても、場所を取りたければ身体で取れ、ずっと生身で張り付いていろといいたい。

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ビップナディアはエフティマイアの下である。だから撮ったのか? 違う。たまたま撮れていた馬がビップナディアだっただけのことである。

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「コハルビヨリ」という名の馬は、少なくとも三頭確認できる。このコハルビヨリの母はフェミニンガール。そこそこ走ったマル外だったと思う。ちなみに、この日の阪神競馬場は小春日和とは程遠い寒さであった。ひどく寒かった。財布の中身も寒くなった。

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そしてこの日、ルメールデムーロ兄も香港にいて、阪神には武豊がいた。

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未勝利戦。タンタラス。母はブエナビスタ

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同じ未勝利戦、アールコンセンサス。大井の的場文男の、おそらく最後になるであろう京都参戦の日。新馬戦で大外を捲って追って叩いて三着に持ってきた馬。矢作調教師は大井ゆかりの人物。この日の鞍上は福永祐一

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そして、メイショウテンゲン。母はメイショウベルーガ。おれはメイショウベルーガが好きだった。同じ芦毛、同じメイショウの勝負服。たぶん、一生のうち再び来るかどうかわからぬ競馬場で、メイショウベルーガの子が走る。これもなにかの奇跡的な縁だろうと思う。おれはメイショウテンゲンから買った。メイショウベルーガの子がすばらしい末脚で他馬を抜き去って勝つ。おれはそれを見に来たのだと言おう。

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まあ、エンジンの掛かりも遅く、ちょっと外にふくれて三着だったのだけれど。ちなみに、上に挙げた三頭の紙の馬券を記念に買った。おれは競馬場でも携帯端末から馬券を買う。年間を通じての勝ち負けを記録したいがため。ひょっとしたら、そのような人が増えているのか、地面に外れ馬券のゴミというのもほとんど見かけない。

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昼休みには池江泰郎元調教師のトークショー

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サインの求めにも応じる。しかし、若者が「あの池江さんって、池江調教師のお父さん?」という会話をしているのが聞こえ、時代の流れを感じる。すごく感じる。

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何年競馬をやってきたのだろう?

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あと何年競馬をできるのだろう?

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そしてまたパドックで馬が歩く。

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貸服の田中学もいる。

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でも、おれ、パドック見てもなんもわかんねえよ。

 

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南関なじみの戸崎圭太もこの日は阪神。……この日のダートは時計が早かった。芝からの転戦でヴァニラアイスは買えたはずなのだ。迷って本命から外した。二着のアヴドゥラの馬は押さえていた。本命にした一番人気の馬は最下位入線だった。

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まったく。

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裏の中山の馬券も外し続け、呆然としていると、芦毛でメイショウの馬が出てきた。

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メイショウテンシャ。馬柱を見れば、母メイショウベルーガ。なんだよ! またメイショウベルーガの子か! さっきの感傷を返せ!

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と、憤るもなにも。そして、なにやら面白いメンコをした「マリオ」。鞍上は武豊

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そして、勝つ。この人気。中央競馬の屋台骨を支えてきた男。腕前と知名度、果たして武豊の後継者は現れるのだろうか。将棋では羽生善治がいて、藤井聡太が出てきた。もちろん、その間には多くすばらしい騎手と棋士がいたのは知っている。しかし、ジャンルの枠を超えて世間に名を轟かせる存在……。

うどん屋で詰められる

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競馬場の群衆にすっかり紛れ込んでいたおれに、呼び出しが入る。

「三階のうどん屋や」

そうだ、おれはいつもの週末のように馬券を買うためだけにここにいるわけではない。むしろ、競馬はおまけだ。本題だ。本題は、おれが書いたもののいくつかをピックアップしてもらい、それを薄い本にして出す、その話し合いだ。

十年を超えるおれの日記から使えそうな文章と写真をピックアップして、さらにはDTPまでやってくれる辣腕編集者。船橋からやってきた猫の人。

そして、二人に詰められるおれ。

「……おう、今、『はあちゅうさんみたいになりたいなー』言うたか? なれるかボケー。はあちゅうはんに謝らんかい。明日から毎朝、起きたらノートに十回『はあちゅうさんになりたいです』って書いてから会社行け。いや、行かんでええ。むしろ勤めてもいないNTTの退職エントリー書くんや」

「にゃー」

「そのうえ、今から警察官クビになるんや。そんでもって事実婚しながら高知に移住するのもええな」

「にゃー」

「あと、せっかく買ってくるお客さんのためにな、書き下ろし入れるいうんが誠意や。四万字なんか書くんや。それを削ってピカピカに磨いて四百字にせえ!」

「にゃー」

……

………「アッ、ハイ」

うどんの麺は伸びた。ジョッキのビールはぬるくなった。おれは小さくなって震えていた。うどん屋のテレビでは香港のレースを放映していた。おれは香港の馬券も外した。すばらしい協力者に恵まれたところで、はたしておれの書いたものが五部でも売れるのだろうか? 大スポに目を落とす。こちらでは関東の調教師名が白抜きなのに気づく。

 

※上記会議内容は妄想です。ただし、香港の馬券を外したのは本当。

 

メーンレースの時間になって、寒空の下に出た。ファンファーレ、ゲートイン、発馬。アブドゥラの馬がレースを引っ張る。勝ったのはダノンファンタジー。おれのシェーングランツは四着に負けた。今年、武豊がG1を勝つならここかと思っていた。

前走勝ったディープインパクト産駒から、人気薄のダイワメジャー、そしてこのレースに強いクロフネの血へ(このあたり全部亀谷敬正さんの受け売り)。そのディープインパクト産駒の取捨に失敗した。母父は軽めのアメリカ血統の方がよい、と聞いていながら、関東人のすることか、あるいは武豊への尊敬か、シェーングランツを選んでしまった。正解はダノンファンタジー。つーか、素直にカタカナのジョッキーの馬から買えばいいのに、なあ。

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「馬自身が自分は勝ったのかどうか知るよしもないですけど、勝った馬というのはどこか威風堂々、なんらかの貫禄があるものなのです」とおれ。

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この日の阪神競馬場はよく晴れていた。そしてとても寒かった。おれの馬券はほとんど当たらなかった。ただ、中山の最終で内田博幸が人気薄を持ってきてくれたおかげでワイド二点的中、いくらかの救い。

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救いがなくては競馬はできぬ。そして、本当にオケラになってしまうようでは長年馬券を買い続けられぬ。おれは細く長く生きたい。もっとも、もう長く生きてしまったようにも思う。

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でもヘミングウェイがいみじくも言ったとおり、

すべての物語は、長く語っていけば、かならず

死で終わる。実にそのとおり。

「草原」レイモンド・カーヴァー

 

ひとまず今日の日は、さらば仁川。

 

 薄い本についての詳細はこちらを↓

dk4130523.hatenablog.com