ガスコンロに火がつかないと困るよな

おれは珍しく地上波で流れているカープの試合を見ながら、雑にカレーを作り始めた。

おれのカレー作りは雑だ。おれのカレーは雑だ。

おれは、フライパンの上になにか赤い豆の煮たものをぶちまけた。

おれは、フライパンの上にトマト缶の中身をぶちまけた。

おれは、フライパンの上に鳥のひき肉をぶちまけた。

まだ、火はつけていない。おれは珍しく地上波で流れているカープの試合を見ていたからだ。生肉をいれてしまったのだし、このぐちゃぐちゃななにかに軽く火を通しておこうかと思った。

点火ツマミを押す、回す、カチッと音がする、ボッと火がつく。

……しゅん、と火が消える。

まあ、そんなこともあるだろう。おれはやり直す。ボッ、……しゅん。

また、やり直す、ボッ、……しゅん。

おれは、おかしいな、と思う。賢明なおれは、あまり使わないもう一口の方の点火ツマミを押し込み、回した。ボッ、……しゅん。以下繰り返し。

コンロの「お知らせランプ」というのが点灯していたりもしない。賢明なおれは、「コンロ自体がだめなのである」と考えた。そして、次に確かめるのは「ガスは来ているか?」だ。おれは給湯器のスイッチを入れて、ユニットバスで温水シャワーを流した。給湯器のパネル、「燃焼」が点灯。生温かい水。温かい水。ガスは、生きている。

一応、ドアを開け、外に出て、ガスメーターを見る。異常のランプはついていない。ガスは、来ている。

おまじないのように、コンロの掃除をする。なにか詰まっているのかもしれない。ずいぶん、汚れがたまっていたのを、そこそこ汚れがたまっている状態にする。状態にしながら、おれは、フライパンを埋めている生ひき肉と豆とトマト缶の中身のことを考える。最悪、このままコンロに火が入らなければ、これはどうする? 電子レンジ? そんな大きな耐熱容器はない。何度かに分けて? それとも、この生状態で小分けして冷蔵?

して、またボッ、……しゅん。そして、なにやら、ボッ、すらなくなり、その後のガスのシューすらなくなってきた。

賢明だけれど現実から目をそらしたいおれは、ついに、コンロの電池を引き出した。もうそこしかないだろう。出てきたのはでかい電池が二つ。単一の電池が二つ。……このコンロを買ってから、交換したことがあっただろうか? こいつらの、せいだろうか? そうだとして、単一電池の予備はない。買いに行くのか? 100円ローソン? でも、おれは珍しく地上波で流れているカープの試合を見ながら酒を飲んでしまった。外に出るのは面倒だ。

そこで、賢明だけれど呪術的思考をするおれは、次のようなことをした。電池を取り出す。前後逆に、電池を入れる。

これが奏功した。なんと火がついた。貴重な火だ。火種だ。この火を絶やしてはいけない。弱火にしすぎて消えても困る。

とうわけで、おれは中火の弱めの火でフライパンを温めながら、急いで玉ねぎを刻んだ、人参を刻んだ、マッシュルームを切った。それらをフライパンに入れ、ケプリのカレーミックス二袋を投入し、蓋をした。時折混ぜた。カレーはできた。

とりあえず、あと五食分。次の日に火を使う必要はない。が、賢明なおれは次の日の昼休みに単一電池を買うのを忘れないように、バッグに切れたと思われる単一電池を入れた。賢明なおれは、昼休みに百円ローソンで単一電池を買った。マンガンは二つで百円。アルカリは一つで百円。コンロに入っていた電池は、アルカリ電池だった。マンガンでもよさそうなものだが、慎重なおれはアルカリを二つ買った。

ついでに、多目的ライターを買った。多目的ライター? チャッカマンだ。でも、チャッカマンではない。この間起きた大規模な放火事件のさい、目撃者がインタビューに答えるなかで「チャッカマンで」と言っていた。しかし、テロップは「多目的ライター」だった。「多目的ライター」というのか、と思った。「チャッカマン」は「商標の普通名称化」というものに当てはまっている。たしかにそれが東海のチャッカマンであるとは確かめられない。多目的ライター、あるいは点火棒。それが普通名称。しかし、点火棒では、よほど特殊ななにかという感じなので、「多目的ライター」としたのだろう。

そんなことはどうでもいい。おれは多目的ライターも買った。昨日、ガスがシューッとしていないことを確認していたのにも関わらず、だ。ひょっとしたら、火をつけ続けることで、ガスも出てくる、なんてことないのか、という憶測だ。

電池とライター、両方買うのは馬鹿げた選択かもしれない。しかし、どうせなら両方買ってしまえというのが、おれの決断なのだ。百円くらいのことであれば、おれは大胆なのである。

本日、帰宅。やかんに水を入れ、コンロの上に。二つの単一アルカリ電池を入れる。

点火ツマミを押す、回す、火がつく。

火を消す。

また点火ツマミを押す、回す、火がつく。

ふたたびプロメーテウスが我もとにやってきて、人類は火を手に入れた。

おれは電子レンジで冷凍していたカレーを温めて、食った。

以上。

 

 

 説明書が見当たらなかったが、おれはAmazonでガステーブルを買った覚えがある。でも、自分でガスの管をつないだのだろうか? そこは覚えていない。人にやってもらった覚えもない。

 

 

単一電池を備えておくのも大切だろう。

 

 

「オリジナル」であるチャッカマンを買うのもいいだろう。