新聞泥棒

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体調の悪いおれは、一時間遅刻して会社に着いた。一時間遅れて会社に着いたおれは、おれの会社の郵便受けを見た。見るとそこにはこんなことが書かれた紙が貼られているのに気づいた。

「防犯カメラ作動中です。新聞を盗んだら通報します(顔文字イラスト)」

おれの会社の新聞は、盗まれていた。

先日の三連休、土、日、月、火。そのうち、二日分が配達されていないことは知っていた。そして今日である。おれはオフィスに入るとともに、「新聞、盗まれていたんですか?」と聞いた。今日の新聞は抜き取られ、広告だけが入っていたという。

これはもう、新聞泥棒を殺すしかないな、と思った。他人が金を払って得ている新聞を盗む。これは、もう我々の尊厳や人格、人間の心といったものを一切無視した行動である。我々など死んでもいいと考えてやっていることにほかならない。ということは、逆に彼ないし彼女も、自分が殺されてもいいと思って新聞を盗んでいることにほかならない。盗みというのは、そういう領域の話にほかならない。他人の生きる価値を否定する人間は、自分の命を奪われても文句は言えない。法の問題ではないのだ。それを看過しては、人間世界の釣り合いが取れない。

「あんな貼り紙で、怒った顔のイラストなんて書いたら、逆になめられるだけですよ」とおれは言った。

おれはそれから、どうやって新聞泥棒を殺すかということしか考えられなくなっていた。会社にはなぜか5kgのバールのようなものがある。それをぶん投げて、怯んだところを木製の突き棒でぶん殴ったらどうだろうか、などと考えた。非力なおれ一人でできるだろうか、弟を呼んだ方がいいだろうかと思った。弟がバール、おれが突き棒。それで挟み撃ちにするのもいい。それとも、おれは素晴らしいホーザンのペダルレンチで殴りかかかろうかと思った。あれは手にしっくりくる。殺さないにしても、警察に突き出すまではしたい。

いずれにせよ、早起きは必要だ。ガタイはでかいが無職で病気がちの弟は来られないだろう。すると、おれ一人で対峙しなくてはならない。おれより体格が大きい人間が犯人だったらどうするか? 一人でどうやって警察を呼ぶか。膝の皿を思い切りぶっ叩いたら動けなくなるものだろうか。動けなくなったところで通報か? それとも、おれが棒なりレンチなりを持ってひたすらに逃げる犯人を追いかける展開になるのだろうか? おれはそれなりにスタミナには自信がある。追いついたところでレンチで殴りつけるか。それとも逃げないで取っ組み合いになるか。そうなるとおれは不利かもしれない。先制の一撃で動けなくするしかない。やはり、5kgのバールの尖ったほうを向けてぶん投げてみるしかないのか……。

他人の新聞を盗むということは、殺されてもいい覚悟をもってやっていることだ。すなわち、おれと対峙して、おれを殺そうとしてもおかしくはない。むろん、おれが殺すのも理にかなっている。そこにはむき出しの殺し合いがある。いや、新聞を盗まれた時点で殺し合いははじまっている。

とはいえ、おれもいきなりの殺し合いは面倒くさいと思っている。なにより、新聞配達の時間から階段の踊り場のかげに隠れて犯人を待つというのが面倒くさい。というわけで、おれは本当の覚悟を持って、次のような貼り紙をするつもりである。新聞を盗む人間には、文字くらい読めるだろう。

 

新聞ドロボーへ

新聞を、ぬすむな。

朝、みはって、おまえを見つけたら、

ぜったいに殺してやる。

おれは、キチガイだ。

うしなうものはない。

ぜったいに殺してやる。

新聞を、ぬすむな。

 

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