高橋源一郎『国民のコトバ』を読む

 

国民のコトバ

国民のコトバ

 

……ここだけの話だけれど、十八歳の時、留置所に三週間拘留されていた時、活字を読むことを禁止されていたので、発狂しそうになったくらいである。だから、わたしは看守にお願いして、風邪薬の空きビンをいただき、その三週間、その瓶に貼られた効能書きを読んでいた。あれは最高だったなあ。今でも、薬の効能書きを読むのは楽しいです。

 そういうわけで、わたしは、「日本語を読む」ことを生涯のテーマとしてきた。よく、「おもいしろいものが読みたい」とかいう人がいるでしょう? なにいってるんでしょう。「おもしろいもの」はどこにだってあるのだ。起きている時間はずっと読むものを探している私が保証しよう。

 この本で、わたしは、日本語という、この国のことばたちの中から、わたしが出会った、とびきり面白く楽しい、それから、不思議な魅力のある連中について書いた。

……というわけで、以下のような「ことば」が集められている。

「萌えな」ことば
「官能小説な」ことば
相田みつをな」ことば
「人工頭脳な」ことば
「VERYな」ことば
「幻聴妄想な」ことば
罪と罰な」ことば
「漢な」ことば
「洋次郎な」ことば
「棒立ちな」ことば
「ケセンな」ことば
「クロウドな」ことば
「ゼクシィな」ことば
「こどもな」ことば
「オトナな」ことば

萌え英単語の本を読んだり、官能小説の言い回しを論じたり、siriとの会話を楽しんだり、ゼクシィの重さにたまげたりするのである。

こういった、いろいろの専門分野や異端な言葉や文章について論じてみて、いっけんしょうもなさそうなものの中に価値を見出したり、かっこつけてるのにつっこんでみたりと、そういう本はいろいろあるだろう。そういう本のなかの高橋源一郎版なのである。こういったことについて高橋源一郎より上手な人もいるだろうし、下手な人もいるだろう。なので、最高におもしろいとは言うつもりはないが(時代とかもあるしね……言葉は数年でも変わってしまう)、ところどころ光る言葉に、光る視点があって、まあ読んで損はないだろう。

しかし、おれの人生にはまったく縁がなかった『ゼクシィ』(首都圏版)が1482ページもあって、そのうち1000ページ近くが広告であるという雑載だったとはしらなかったよな。そんでもって、その広告写真に出てくるのがみんな外国人(白人)風だとか、まったく知らなかった。キャッチコピーについては本書か『ゼクシィ』を読まれたい。

 

ゼクシィ首都圏 2020年 3月号 【特別付録】PAUL & JOE マルチケース

ゼクシィ首都圏 2020年 3月号 【特別付録】PAUL & JOE マルチケース

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: リクルート
  • 発売日: 2020/01/23
  • メディア: 雑誌
 

それはそうとして、やっぱり強いのは「こどもな」ことばよな。孫引きで子供の詩を引用する。

 

ことしのせみちゃん

 

ことしのせみちゃんはももと

おなじとしにうまれたんだって

たったの7ねんでおとなになって

たった7かしかいきられない

かわいそうだね だけど

ぜんぶのせみちゃんが天ごくへいくとき

たのしかったとおもったよ

(大島桃香・小1)

これに対して高橋源一郎はこう書く。

こんな「詩」を書かれたら、わたしのような芸術家は「立つ瀬がない」としかありません。

おれは高橋源一郎が書いたか訳したか、名馬たちが天国の草原を走る詩を読んで感じ入ったことがあるが、「ぜんぶのせみちゃん」がいく「天ごく」には参ってしまうよな。そして、「たのしかったとおもったよ」と、これは書けないよな。子供は基本的に日々が楽しいものだと高橋源一郎は書くが(おれはあまり楽しくなかったが)、せみちゃんもそうだという。その主語もあいまいであって、ひとつになっている。

大人になればなるほど、語彙も増えていき、レトリックも身につけるだろうが、子供のときの言葉に宿っていたなにかは消えてしまうのだよな。それは絵とか、書字とかにも言えることで、小学校に入ってちょっとすると、パッと死んでしまう。その死に気づかないで、「子供のありのままの言葉や絵画がすばらしい」というのは欺瞞であって、その宝石のようなものが失われたら、きちんと技法を教育するべきなんだ、たぶん。

もちろん、大人になっても宝石を持ちつづけるような人間もいて、そういうのは天才と呼ばれる本当に希少品種なので、まあ勘定に入れなくてもいいだろう。

以上、よろしくご査収ください。

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