緊急事態宣言が解除されるまで髪を切らない……かも

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緊急事態宣言というものが発令された。おれが住む神奈川県も指定された。緊急事態だ。

それはそうと、おれの髪の話をする。また髪の話をしている。おれが十代の終わりから二十代の始めまで社会的ひきこもりだったころの話だ。あるとき、おれは髪を伸ばすことにした。べつに床屋に行くのが怖いとかいう話ではない。休みの日に子供ころから通ってるとこに行けばいい。べつになにを話すわけでもない。なんとなく、だ。なんとなく、伸ばしてみることにした。だれに見られるわけでもない、なにか言われるわけでもない。ただ、それだけだ。

おれの髪はけっこう伸びた。ヘアゴムでポニーテール、とまではいかないが、ちょんまげ的ななにかが成立するくらいは伸びた。伸びたというか、伸ばした。とはいえ、肩まで伸ばしたかというと、そこまでは伸ばさなかった。もし伸ばしていたら、おれはそもそもお肌つるつる、髪はさらさらの美少年だったので、女装とかしていたかもしれない。今でも、全盛期(中学か高校のころか? というか、なんの全盛期か)のおれが本気で女装したら、けっこういけてたんじゃないかという思いはある。

が、今のおれが髪を伸ばしたところで、小汚い長髪のおっさんになるだけだ。いい歳して左耳にピアス三つつけて、なんかひげとかも生やしてて、まあ小汚いというより薄汚いというか。

あ、ひげ? あごひげはだいぶ前から生やしている。とはいえ、伸ばしっぱなしにしているわけでなく、短く整えてはいる。「おれ、歳のわりには、顔が幼すぎるんじゃねえか」と思ったからだ。そしてさらに、口ひげも伸ばしている。正月休みだったか、なんとなく剃らなかったのだ。「剃らなかったら、どうなるんだろう」というくらいの話だ。これもまったくなんとなくだった。会社で「なに伸ばしてんの」と言われたら、すぐに剃り落とすつもりだった。が、全然なにも言われなかったので、なんとなく伸ばしている。朝の髭剃りの時間は短縮された。

緊急事態宣言の話だった。いや、髪の話だった。新型コロナウイルスが流行し始めて、三密、すなわち身口意、いや、違う、まあ、あれだ、あんたも知ってるあれだ。理髪店があれがどうかわからんけど、理容師のおっさんと濃厚接触だよな、と、なんとなく足が遠のいていた。向こうはいつでもマスクしてるけどな。でも、これは失策といえば失策だった。理髪店も休業要請の対象になったのだ……と、思ったら、そうじゃねえよ、ということになったらしい。

が、またおれは「なんとなく」の気が芽生えてきた。ちょっとこのまま、髪を伸ばしてみようか、ということだ。願掛け、でもねえが、どんなんなるか、またちょっと伸ばすか、ということだ。もう歳だし、そんなに伸びないかもしれない。朝、髪を洗うのも面倒だ。そうだ、おれはそのために、ここ数年はかなり短めのツーブロックにしていたのだ。それを、今、打ち捨てて、長髪を目指す。

……ほんとうに、どうでもいいよな。いまはそれどころじゃねえよな。とはいえ、現金給付の要件がしぶすぎて「いまのところ」おれはもらえるわけでもないようだし。でも、本当に「いまのところ」だ。毎年年度末で稼いで、あとは赤字のスタイル。四月なんて暇なもんだ。しかし、それにしても暇すぎる。ちょっと、世の中、動いてないんじゃないの、という感じ。そして、それがもう、緊急事態宣言で公式に動かなくなる。ウイルスも怖いが、それも怖い。会社が吹き飛んでもまったくおかしくない。そうなったらおれも立派な失業者になって、なにか援助を受けられるかもしれない。が、援助を受けたところで、焼け石に水というか、なんというか生きるのにも飽きている。それこそ、意味なく髭を伸ばしたり、髪を伸ばしたりするくらい飽きている。

ああ、でも、すばらしいストライクウィッチーズが放送される今年の秋~冬までは生きなくてはならんのだった。それまでは、なんとか生きよう。ウイルスにも殺されず、かつ生きるためのものを食い、最低限テレビを見られる環境に……。瀬戸際になるかもしれない。いま瀬戸際の業種にとってみたら、「まだ余裕あるじゃねえか」というところだろうが、安心してくれ、おれがそっちに行くのも遠くない。そんな予感はありありのありだ。いったい、これは、いつ収束するんだ。しない可能性もあるのか。そして、これで壊れてしまったものは永遠に失われるのか。再建できるのか。この世界は。それを見届けたい思いもある。が、それを眺めるおれは、寿町の片隅で、自販機で買った得体のしれない酒を飲んでいるのだろう。

そうなるまで、生きることは生きるに値するのか?