月に一度の通院。ドアは開けっ放しで、なぜかわからないがかなり室温が暑く設定されていた。待合の椅子も間隔が空けられ、「三密を避けるために外でお待ちを希望の場合はお申し付け下さい」と貼り紙。受付にはもちろんビニールシート。
名前を呼ばれて診察室に入ってみると、入り口のすぐそこに患者用の椅子。医師ははるか遠く。
「ほら、コロナ対策ですよ」
そりゃそうだ。しかし、なんか会話をするには不自然な位置と距離で、なにかおかしくなってしまった。黒マスクの下でずっとにやついていたと思う。だいたい、もとからここは診察室のドアが薄いから、会話の声が外に漏れるんだ。大声で話さなきゃいけねえから、さらに聞こえちゃうぜ。
「で、どうですか」
「毎年四月は暇なんですが、今年は輪をかけて暇です」
「なにか心理的に影響したりしてますか」
「世界中ひどい状態なので、かえって気が楽なくらいです」
おれはにやつきながらひどいことを言う。
「ところで、今やってる電話診断みたいなのってどうなんすかね?」
「精神科は……ちょっとあんまりやらない。ウイルスが怖くて外に出られない、という患者さんなんかは対応しますけど」
なるほど。
そしておれは暑い待合室に戻る。お金を払い、処方箋をもらう。
と、ここでおれはあることを思い出した。たまに、診察室の方から受付あたりの女性職員に向かって、「クラークさん、ちょっと」と医師が呼ぶのである。
おれはいつも、「この人は外国人には見えないけれど、クラークという名前なのだ。ひょっとしたらハーフかもしれないし、クラークさんと結婚したのかもしれない。人の名前にはいろいろ事情があるものだ」などと思っていたのである。
が、こないだコロナの医療現場の手記みたいなものを読んでいて、医師や看護師などと並んで、医療従事者の一つとして「クラーク」が挙げられていたのを見たのだ。え、クラーク、さん?
なんと、「クラーク」は「医師事務作業補助者」のことだったのである。ここの職員が上のWikipediaで説明されている「医療クラーク」そのものなのかはわからない。いずれにせよ、医者は名前を呼んでいたわけではなかった。
というか、この診療所、医者以外に三人くらい勤めている人がいて、だいたいそのうちの二人が常駐しているのに、「クラークさん」以外の呼び名、たとえば「山田さん」とか、ほかの名前で呼んでいるのを聞いたことがない。クラーク三姉妹ということもあるまい、そういうことにも気づかなかった。
いやはや、なんとも間抜けな話である。「こんにちは、クラークさん!」とか挨拶しなくてよかったな。そんだけ。