すべての五月の終わりに

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田舎道を古いトラバントでバタバタ走っていたら、急に倦怠感ってやつがおそってきて、おれは車を停めたんだ。車内がとても息苦しかったから、おれは外に出たんだ。ちょっとした草原みたいになってて、牧場かもしれないなって思った。おれはスローモーションの動きで、草をふみながら、何十歩か歩いた。倒れ込むように横になった。見上げれば青空があった。音もなく2機のMiG-105が飛んでいった。

じっさいのところ、おれにはなにもなくて、空っぽもいいところだった。おれは何年も空虚と戦ってきたつもりだったけれど、空虚とは戦うことができないって、ようやくわかってきた。悪魔と戦ってはならない。空虚とも戦ってはならない。風が吹き抜けた。おれは銀河戦争のことなんかを考えた。おれはどこから来たわけでもないし、どこに行くというわけもない。かといって、いまここにいるわけでもない。

虚しさの池があって、底が抜けて水が流れ込んでしまうけれど、いつまで経っても水は尽きることがない。月面の凹凸が見える夜に、裏路地でひとり、おれは踊りながら黒猫の気をひこうとしていた。人間なんてものはいったいどこにいるのかさっぱりわからなかった。雨が降れば傘をさし、いつだって夜はやさし

ショットガンみたいに強い酒がほしい。頭を吹っ飛ばすような強い酒。そいつでおれはみんな忘れられる。忘れるようなこともないのに、忘れちまう。忘却だけが友だちなんだ。ところでおれに友だちがいたことってあるんだっけな。おれ以外はみんなおれより頭が悪いなんて感じていたこともあったけど、ほんとうのばかはだれだったのかな。

庭に飛べなくなったカラスが居着いたことがあって、おれは面白がってちぎったパンを与えたりしていた。そいつはすっかりうちの庭を自分の居場所だと思って、ようするにおれはペットみたいに思っていた。ところが、弟がカラスに石をぶつけて追い出したんだ。なぜって、うちには病んで死を待つばかりの祖父がいたからだ。カラスの鳴き声がうるさいし、不吉だというのだ。おれは弟がきらいになった。

がんじがらめになって、自由なんてどこにもなくて、こんなふうに身体がうごかなくなって、そしていなくなる。どこにいくはずもないはずなのに、絶対的にいかなくちゃいけないところがある。心臓は不安の脈を打つ。いま、孔雀が死んだ。おれはゆっくりと起き上がると、ベッドから降りた。おれの足は動く、手も動く、心はここにない。さて、どうすればいいんだ。どうすればいいんだっけ?