すべての六月のはじまりに

この地方も半月つづけて雨になった。湿気がまとわりつくようになった。露で濡れた芝生には寝っ転がることもできない。おれは一人、静かな部屋で椅子に座っていた。ただ、椅子に座っていた。人の気配もなかった。塩のスープと黒パンをとると、おれはまたベッドに戻った。ただ倦怠感だけがそこにはあった。寝るでもなく寝ないでもなく、おれはベッドに横たわって虚空のなかにあった。

コトン。

郵便受けになにか入る音がした。ドアに穴が開いているものが郵便受けというのならば。おれは冗談みたいにゆっくりとした動きで、ベッドから立ち上がり、ゆっくりとドアの方に向かった。そこには、梱包された二枚のマスクが落ちていた。こんな文明がない場所に、文明の切れ端が届いた。おれはおかしくなって、包みからマスクを取り出し、耳にひもをひっかけた。たしかにこれはマスクだ。マスクのにおいがする。これで外に出られるのだろうか。日光を浴びながら自転車を漕ぐことができるのだろうか。

おれはマスクをはずして、ゆっくりした動きでベッドに戻った。この地方も半月つづけて雨。湿気はまとわりつくようだった。暑くもなく、寒くもなく、それでもおれはあたたかい格好をして、寝るでもなく寝ないでもなく、ベッドに横たわった。身重く横たわった。

「ウーブ」。

おれはいつかどこかで聞いた単語を口にした。おれは何ヶ月も人としゃべっていない。いつ人としゃべったのか思い出せない。かつておれが人としゃべったことがあったのだろうか。

少しだけ空が見える窓を見た。電子戦機が空中にわいせつな形のコントレイルを描くのが見えた。あるいは、それはまぼろしだったのかもしれない。しゃべる相手がいないので、なんの真実もなく、なんのフィクションもなかった。

おれは一人ベッドの中にいて、雨音だけを聞いていた。

おれにもう手紙はこなかった。文明の死に絶えた場所で、おれは一人。

 

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