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高所恐怖症が観る『ザ・ウォーク』

映画 感想文

完成直前のワールド・トレード・センターを勝手に綱渡りした男の実話を元にした映画である。完成直前のワールド・トレード・センターを勝手に綱渡りした男の話であるからして、綱渡りに挑むまでのあれやこれは成功するに決まっている。だから、字幕が読めるていどの早送りで観ていい。おれはそうした。

問題は、綱渡りだ。ここはもう、固唾を呑んで見守る、手に汗握って見る、そうならざるをえない。なぜならおれは、劇中に出てくる共犯者のひとりと同じく、吹き抜けの2階くらいで手に汗かく高所恐怖症だからだ。

それなのに、なぜ? というとよくわからない。よくわからないが、どこかに遊びに行って、展望台があれば登ってみたくなるし、観覧車があれば乗ってみたくなる。そして公開する。なんでこんなタワーに登ってしまったのか。ちなみに、ジェットコースターや急速落下遊具の類は失禁その他もろもろの可能性(死亡を含む)があるので、見ているだけで十分だ。

見るだけで、十分だ。だから、この『ザ・ウォーク』というのも気になった。だが、映画館には怖くて見に行けなかった。怖いだけではあまり興味がわかない。おれはホラー映画とかスプラッター映画を観ないが、あえて進んで「怖い」を欲しいとは思わないからだ。だが、『ザ・ウォーク』には「怖い」以外があると思った。

観てないのになぜそう考えたのか。それは「綱渡り」という行為に対する興味だ。落ちたら死ぬぜ、ということをやる。主人公曰く、死ではなく生きることだ、ということになるかもしれないが、いずれにせよ生死を分かつところに自ら飛び込む。得られるものは他人の賞賛? 名声? それもある。でも、おそらくは本人のなかにしか生じない「なにか」。その極限というものに興味がある。

して、この映画はその「なにか」を得るための生死の一線を描けていただろうか。描けていた、と言いたい。もちろん、おれの高所恐怖症というプラス・もしくはマイナスによる補正はある。あるにしても、あの緊張感、綱渡る人間の精神、そして高さ。鳥のCGIはちゃちだし、頭のなかで「これは擬似映像だぞ」とわかっていても、ビルは高い。ワイヤーは細い。おっかない。

さらにいえば、おれはこれの結末を知らない。主人公のナレーションで始まるこの映画、実話を元にしているが、おれはその実話の結末をしらない。石田治部が死ぬのだろうな、という予測(まあ、処されたのは実は影武者で生き延びていたのだ、という天界がないわけではないが)があるのとは違う。ナレーションしているのが、天国の人間でないとだれが言えるのか。そういう意味でも、「おい、いいだろう、もうかんべんしてくれ」と、ビルの屋上から呼びかける警察官の気持ちにもなれる。いやはや。

まあ、映画館、でかいスクリーンで観るための映画、という気がしないではない。でも、おれは自室のテレビ画面で十分だった。それなりにえぐい体験はできたように思う。高所恐怖症のやつほど観てみれば楽しめるかもしれない。そんなところ。以上。

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