『白描』石川淳

敬子は軽く草履の爪先で輪を描きながら、きらりと眼で笑った。真赤な草履の、鼻緒の紅をにじませて、あざやかに白いはだかの足が生きいきと鋪道にひらめいたのに、少年はすっかり狼狽して何もいえなかった。

 久々に小説を読んだ。古本屋で買って、しばらく忘れていた『白描』だ。なんか『白猫』に見えるね。ホワイトキャット。どうでもいいけど。えーと、この作品、文庫本のキャッチコピーにはこうある「(前略)……大戦前夜の知識人の孤独な魂の遍歴を描く名作」。そういう感じの小説なのかという、わかりやすい説明だけれども、読んでみるとそういう感じではないのだ。どういう感じかと言えば、石川淳の感じだ(ここらあたり、誰が読んでも意味がわからないだろうけど、自分が読み返せばわかるからいいのだ)。そんでもって、実際にそういう時代に書かれたものだ、というのを解説で読んで驚いたものだ。
 石川淳は今までに何作か読んだ。澁澤龍彦が『至福千年』について論じてて(千年王国ユートピアに関する話だったと思う。そういえばユートピアの父はフォーティナイナーで、こちらもシェルシュールドールな人だ。だが、彼らはシーキングザゴールドしてるだけで、求めているのは単なるザゴールドだ)、家で探したらあったので(実家にはアホみたいに沢山の本があって、だいたいのところ探したら何かしら出てきたものだ)読んだのだ。選集なども発掘し、『普賢』だとか『紫苑物語』だとかも読んだっけ。それと、これくらいの作家になると、古本屋で文庫が買えるのもいい。これはかなり大きい。
 というわけで、内容には触れにくい。だいたい、ブルーノ・タウトとジョルダーノ・ブルーノの違いも分からない非知識人の孤独な魂には、なかなか解釈などできないのだ。そういう形而上のことは、頭のいい奴に任しておけばよろしい。そんなんで、自分は石川淳の文章の美しいスタイルに酔うだけだ。もっとも、この文庫では新仮名遣いなんだよな。そこら辺がちょっと残念だ。