『最後の瞬間のすごく大きな変化』グレイス・ペイリー 訳・村上春樹

 私は死にかけていた。私は出血していた。医者は言った「永久に出血することはありません。血が出つくすか、どこかで止まるか、どちらかです。永久に出血するってことはありえない」(「生きること」)

 白人だろうが黒人だろうが、男たちはみんな自分が世にも稀な贈り物を持ってきていると思いこんでいるのよ。でもそれはただのセックスにすぎない。そんなものはパンと同じようにどこにだってあるものよ。もちろんないと困るんだけど。(「長距離ランナー」)

 この本は実家で見つけたもので、装幀の良さにひかれた。それで読み始めてみたのだが、文章のリズムのようなものが合わなくて、最初の二、三編を読んで放置していたのだ。ただ、その内のいくつかの場面を時折思い出すようなことがあって(良い短編はそれをもたらすものだと思う)、ずっと手元に置いておいたのだ。そして、先日『熊を放つ』を一気読みしたこともあって、読書モードのうちに読んでみようと思ったのだ。訳も同じ村上春樹だったし。
 やはり多少ひっかかったり、わかりにくいところもある。けれど、今度は一気に読めた。そして、しっかり捕らえられてしまった。優しくもあり。厳しくもあるまなざし、弱さをさらけ出しながらも、芯にある強さ。女の強さ、と単純にラベリングするつもりはないけれど、やはりそれは女のものだ、という気がする。そして、その視線は僕にある種の驚きのようなものをもたらしもする。
 さて、僕はこの本に没頭しながらも、途中から別のことを考えはじめていた。この本をあの人に貸そうかどうか、と。僕が二十五歳の男でありながらこの本にすんなり入れたのは、あの人と付き合ってるからだ。その点で、この本はあの人にとってより密接な、より多くの意味を持つ。あるいは僕らの関係にも関わるような、そんな意味を。そして、この本を読むと、あの人の中にあの人のグレイス・ペイリーが生まれるだろう。ああ、だからこそ、この本を貸さなければならないんだ。