『闇に問いかける男』トマス・H・クック

「やつは変態なんだ、ただそれだけさ。ガキが犯されていないときには、たいてい気色悪いことになる。犯されていないときのほうがたちが悪いんだ」彼は一瞬カードをにらんでいたが、また山から一枚めくった。「ガキを犯す野郎はそこらにありふれたチンピラだ。しかし、やってもいないガキを殺すやつは、おれたちには絶対理解できない野郎なんだ」

 トマス・H・クックは信頼の置ける作家の一人だ。今、邦訳された著書リストを見てみたら、実に十三冊も読んでいた。著書をこれほどの割合で読んでいる作家は少ない。「では、クックの大ファンなのか?」と問われたら「まあ、好きな方だな」だし、「どの作品が印象に残っているのか?」を問われたら「『鹿の死んだ夜』の文庫本の表紙がよかったと思う。あと、ある作品の終盤で、ある人物を捜しあてる一つの手だてを覚えている」としか答えられない。しかし、トマス・H・クックの小説は本当に面白い。読むのを中断できないくらいに夢中になれる。俺は古本屋の文庫コーナーで、まず、青い背表紙の文春文庫から「T・H・クック」の文字を探す。この本は、そうしてこの間の日曜日に買ったものだ。
 公園で少女が殺され、その公園に済んでいた若者が逮捕される。しかし、証拠がない。釈放までのタイムリミットは十一時間。さまざまな過去を持つ刑事たちが、さまざまな過去を持つ容疑者やさまざまな過去を持つ関係者たちを調べ、さまざまな糸がさまざまな過去に絡み合いながら時間は過ぎていく。的はずれな言葉かも知れないが、マニエリスム的だと思った。これでもか、というトマス的人物の、トマス的な絡み方、というような気がしたのだ。もちろん、過去の緒作品をよく覚えていないから、気がしたとしか言えない。
 『闇に問いかける男』はよくできた邦題だ。登場人物達はみんなそれぞれ闇に問いかけている。何より、トマス自身が「これ以上どうすりゃいいんだ?」と問いかけているのかもしれない。そして、俺はこの作品の綿密なプロットも構成もまたすぐに忘れてしまうだろう。しかし俺は、これからも青い背表紙のT・H・クックを古本屋で探す。俺は絶対にそれが面白いと知っているから。