鎌倉で皇太子殿下にお会いしたこと

 とても寒いというのに俺は鎌倉へ行った。横須賀線に乗って鎌倉へ行った。鎌倉駅を出ると、もう初詣という時期ではないけれど、そこそこの人出だった。そして、警察官の姿が多かった。交差点ごとに居た。それに、白バイの数も多かった。何台もあっちに行ったりこっちに行ったり止まってみたりしていた。俺は「一月の間は初詣対策の特別警戒なのかしらん」と思った。思いながら鎌倉警察署の前を通り、鶴岡八幡宮の方へ歩を進めた。そのまま鶴岡に行くかと見せかけて右折した。目的地は荏柄天神(http://www.j-area2.com/area/kamakura/egaratenjin.html)だからだ。案内図もあまりなく、勘を頼りに進んだ。やがて、神社仏閣地帯とはちょっと離れた道に出た。普通の商店や家が建ち並ぶ道だ。それなのに、警察官がいた。注意してみると、私服の警察官もたくさんいた(イヤホンで分かる)。
 俺はもう気になってしまって、一人のベテラン風制服警官に声を掛けた。「あの、すみません、荏柄天神にに行きたいんですけど…」「ああ、それならこの道を真っ直ぐ行って、信号を左折して……」「ありがとうございます。ところで、今日おまわりさんやたら多いですよね?なんかあるんですか?」「いつもこのくらい居るヨー」「えーっ?」「ウ・ソ。皇太子様が来んのヨ」。
 なんとびっくりしてしまった。しかし、それでこのものものしさには合点がいく。しばらく進むと、道路の脇で原付にまたがって立ち話をしていた爺さんに、私服の警官がどくように言い、押し問答になっていた。「ヨウジン、ヨウジン、っていったいどのヨウジンだよ!」。
 ふと見ると、道の交通量が減っていて、白バイが行ったり来たりしている。さらに先の方へ進むと、チラホラと住人が歩道に出てきている。そして、お参りに来た観光客も足を止めている。けれど、あくまでチラホラで、朝バス停に並ぶ人、くらいのものである。けれど、何が起こるのか知っている人は少なく、二度ほど「何があるんですか?」と聞かれた。
 「岐れ道」(わかれみち)という交差点の所まで来た。横横の朝比奈から来る道の方は、脇道から出てきたような原付が時折通る程度で、もう一方は完全に車両が止められて、ズラーッと車の列が出来ていた。周囲の警察官もピリピリしたムードになっており、部下に向かって「お前、絶対にそこ通すなよ!」と怒号が響いたりする。
 そしてついに、ぴたりと車の往来が止まる。一台の白バイが若宮大路の方からやって来て、くるりと向きを変え、停車する。不思議な緊張感。皆の注目が一方の道路に注がれる。そして、先導の車両が、一台、二台と通り過ぎる。しばらく間隔を空けて……、ついにいらっしゃった!しかも、窓が開いている!そして、皇太子殿下はこちらに向けて手をお振りになられた!俺も慌てて振りかえした!あっと言う間に車は遠ざかっていった。沿道にはパラパラとしか人は居なかったのに、わざわざ窓を開けて手をお振りになったのだ。携帯で写真もろくに撮れなかった(決定的瞬間)ぜ、キャー。
 俺はその後、天神様までの道中、三十回くらい「窓開けてたよ、手ェ振ったよ」と言ったと思う。俺はとてもミーハーなのだ。
 天神様は菅原道真公ゆかりの神社。この時期、受験生やその親でにぎわっていた。さすがに「飛梅伝説」道真公の天神様で、早くも紅梅が花開いていた。山を背景にこぢんまりとした佇まいで、何とも良い雰囲気の場所だった。あと、筆塚なるものがあり、さまざまな漫画家が描いたカッパの絵があしらわれていた。妖怪といえばこの人だろうと、水木しげる御大のものを探したが、一向に見つからなかった。