東海の鬼は銀河戦の夢を見るか?

http://www.yomiuri.co.jp/main/news/20050302i212.htm

 将棋界では、養成機関「奨励会」を卒業しないとプロになれないが、プロ公式戦の勝率が7割を超える横浜市の会社員瀬川晶司さん(34)が、連盟に対し文書でプロ入りを要望したことに対応した。
 過去には1944年に花村元司九段が特例の編入試験を受け、五段でプロ入りした例がある。今後理事会で議論し、5月に行われる通常総会に諮る。

 将棋の話題にはすっかり疎くなり、一般のニュースに運ばれるような話題しか知らなくなってしまった。が、少々興味のある話題が出てきた。アマ強豪のプロ入り問題だ。
 上の記事にあるように、プロの将棋指しになるためには、奨励会三段リーグを勝ち抜かなければいけない。一年でプロ(四段)になれるのは二人程度。そして、この奨励会には定年があるのだ。各地方で「将棋の神童」という呼ばれるような子どもたちが集まり、将棋に全てを賭けて青春を過ごす。もしも定年が来たら、そこではいサヨナラの修羅場。そこには、こんなエピソードがあるくらいだ。ほとんど敗勢が決まっているのに投了しないで、持ち時間いっぱいを使って指す奨励会員がいた。何故そんなことをするかと尋ねたら、「対局が終わるまでに、相手が心臓麻痺で死ぬかもしれない」と答えたという。
 当然、そんな世界を潜り抜けたプロ達は、アマとは大きな大きな力量差のある存在だ。……ったのだが、ここのところその様相が変わってきたという。インターネットの存在で、最新の棋譜、最新の研究が、プロばかりでなくアマチュアにも時間差なく行き渡るようになったかららしい。あと、オンライン対局の存在なんかもあるのかな。
 しかし、そんなものが一切無かった時代にプロ編入したのが、上にも名前が挙がっている故・花村元司九段だ(この項の小見出し、語呂だけで特に意味はありません)。花村は‘東海の鬼’の異名を取る真剣師(賭け将棋のプロ)で、プロ入り後も‘妖刀使い’として大活躍したのだ。俺はこの花村九段の著書『ひっかけ将棋入門』を、父の将棋本コレクションの中から見つけ、いたく感銘を受けたのである。のっけから、素人を騙す将棋の裏技(奇襲戦法でなく、駒を隠し持っておくとか)から入るのである。真剣の話からプロ入りの経緯、そして必殺の‘妖刀’まで語られており、これは実に楽しい本だった。残念ながら、今は絶版になっているようだ。ところで、花村九段の弟子で‘将棋界一の律儀男’とも呼ばれ、重厚・慎重な棋風で知られる森下卓九段が、やはり律儀にも「将棋の愛読書」の中に師匠の『ひっかけ〜』を挙げているのを見たときは、そのギャップが面白かったものだ。
 もう一人真剣師の話を出すとすれば、‘新宿の殺し屋’の異名を取った(将棋指しにはカッコイイ異名が付いてくるものだ)小池重明だろう。団鬼六の名著『真剣師小池重明』(ASIN:4877284591)などに詳しいが、この破滅型の天才はついにプロ入りが叶わなかったのである。
 さて、話を瀬川さんに戻そう。瀬川さんは別に「神奈川の鬼」と呼ばれる真剣師ではない。真剣師どころか、奨励会で三段まで行った男だ。その男が、アマで将棋を続け、プロアマの戦いで好成績を残しているというわけだ。言ってみれば、出戻りの地方馬みたいなものだろうか。ちょっと違うか。あるいは、アンカツの中央入り?これも違うな。まあいいや、そういう現状なわけだ。
 プロが強いのでなく、強い奴がプロになるべき、というのは当たり前の話だ。故に、瀬川氏のプロ入りの方が筋が通った話ではある、一見。しかし、そうなると現在奨励会で命を削ってる連中はどうなるとか、下級クラスでアマに簡単に負けるようなプロはどうなるとか、そこら辺の整合性の問題も出てくる。先崎学八段がコラムで書いていたと思うけれど、今現在三段リーグに所属している人は、アマ強豪よりさらに強い非プロ棋士なわけで、それを差し置いてアマからの横穴を作っていいのか、など。つまりは、プロ将棋全体のあり方に対する問いかけになっているのだ。なかなか構造の根本からの改革は難しい。その結果、瀬川特例、みたいな一時しのぎで終わる可能性だってあるだろう。
 無責任なファン(俺自身がファンと呼べるかといえばかなり微妙だが)から見たら、それじゃあ面白くない。遅咲きの棋士や、それこそ真剣師みたいなのがプロ入りしてきたら、これはこれで楽しいじゃないかと思うのだ。けれど、何でもかんでもちょっと強いアマを入れればいいってわけでもない。それじゃ下級プロ棋士と互角の下級プロ棋士が増えるだけだ。ここらへん、かなり高いハードル(竜王戦上位進出とか?)を課してもいいかな、とも思うのだ。そうすれば、奨励会との整合性も取れるんじゃなかろうか。まあ、どうなることか、微妙なファンとして見守っていきたい。