あなたの街のボーサイムセン

http://www.sankei.co.jp/news/050311/sha078.htm

 愛知県西枇杷島町が毎日、防災無線のテストで音楽を放送するため、静かな生活が侵害されているとして、同町に住む評論家の呉智英さん(58)が放送中止を求めた訴訟の控訴審判決で、名古屋高裁の熊田士朗裁判長は11日、請求を棄却した1審判決を支持し、呉さんの控訴を退けた。

 驚くべき記事である。何せこの長さの一文が句点なしのワンセンテンスだ。もっとも、新聞記事のリード部分ならではの文章なのか?……というのは本題と関係ない。防災無線の騒音問題である。そして、訴訟を起こしていたのは呉智英だ。
 呉智英といえば、ラディカルな批評で知られる封建主義者であり、漫画の評論家であり、言葉についての本も数多く出している評論家だ。ときに鋭く、ときにユーモアを交えながらの見事な筆致と、それを裏打ちする博識がもたらす破壊力。ちょっと思想や政治に興味を持ち始めた中高生が、『封建主義者かく語りき』(ASIN:4915731154)あたりを読んだら一発だろう。いや、かく言う自分も家にあった呉智英の本を読んで多大な影響を受けたのだけれど。ちびくろサンボについて感じたわだかまりid:goldhead:20050303#p1)について、彼の本から得たものは大きい。反論しにくいお題目(人権、民主主義、平等……)に小気味よく、なおかつ説得力をもって切り込んでいく姿勢は、なかなか他の評論家に見られるものじゃないと思う。
 そんな現代の儒者が戦う相手は防災無線だ。そういえば、以前住んでいた鎌倉にもあったっけ。けど、ごくたまに遠くから「ボーサイムセンです…」と聞こえてくるくらいで、普段は意識しない類のものだった。そして、横浜に引っ越して一年。遠くから一番大きく聞こえる音は、港から聞こえる汽笛くらいで、防災無線なんてあるかいな、って話だ。だから、防災無線の害についてそれほどの実感はないのだ。ただ、田舎に行ったりすると、急に鳴りだしてビビることがあるな。
 しかし、呉とは別に、こういった公共の騒音について問題提起をした本なら読んだことがある。これまた一癖二癖ある学者である中島義道の、『うるさい日本の私』(ASIN:4101467218)だ。タイトルのダブルミーニングどおり、駅や電車内、バスなどの押しつけがましいアナウンスに、筆者が執拗に食って掛かっていく、ある種戦いの本である。「優しさという暴力」について、呉と相通じるところがあるかもしれない。この本の筆者の言うところに完全に同意するものでは決してなかったけれど、今まで気がつかなかった事柄を示唆されたのは確かだ。そして、ちょっと「ご注意アナウンス」が鬱陶しく感じるようにもなった。影響受けやすいのかな、俺は。
 さて、裁判。呉さんは上告するとのこと。この件については、勝つまでやってほしいと思う。人生何がおこるかわからんから、いつ田舎で暮らすはめになるかわからんからな。