日曜の夜のこと

 大家さんからの連絡と、全入居者宛の注意文が奏功したのか、隣人の深夜の騒音はまったくもって消滅していた。常識的な時間内では多少大きな音が聞こえてくるけれど、それについてはとやかくいわない。だから、すっかり安心しきっていたのだ。
 ところが、日曜の夜である。自分は日曜洋画劇場インソムニア』をヘッドホンで聞いていたのだけれど、それ越しに隣からのテレビの音がする。この時点で、ちょっと手に汗握る。十一時(大家の注意文による就寝時間の目安)を過ぎても音が聞こえる。ダウンタウンガキの使い(この日は松本が浜田の衣装に合わせて出てきて、ちょっと面白かった。ただ、三十分見ていると、次第に気にならなくなった)を見終わっても収まらない。またトラブルになるのかとドキドキが始まる。これはもう、自分の頭の考えとは別のところで勝手にそうなるのだ。養老のおっさんが何を言おうと、人間の心は左の胸に存在する。
 ちょっと熱っぽくもあり、早々に寝なければと思い、ソラナックスを一錠。ベッドに横になる。音は聞こえてくる。大家の注意以降おとなしくしていたのだから、分別が全く無い人間ではないだろう。壁を「コンコン、コンコン」と叩く。ちょっと音が下がった。しかし、まだ気になるくらいの音がする。しばらく煩悶したのち、また「コンコン、コンコン」とやってみる。しばらくすると、音はほとんど聞こえなくなった。が、しばらくすると「ワハハハハ」、「オモシレー」などとオッサンのだみ声、そして何かのメロディを口ずさむ声。……酔っているな、とここで気がついた。
 そういえば、隣人氏はゴミの日までゴミを自分の部屋の前の通路に出す習慣がある。洗濯機が外置きなので、そのとき嫌でも目に入る。そして、酒瓶の量が一人で飲んでいるにしては(人の出入りする気配は全くない)、けっこうなものなのだ。大音量も酔った上で気分が大きくなり、周囲への配慮が吹っ飛んでしまったものなのかもしれない。いずれにせよ、それで許そうとは思えないのだけれど。
 笑い声と歌声は突発的なもので、後は静かになった。しかし、自分の方のドキドキや妙な発汗は止まらない。最初に大家に相談する前、「この音はいつまで続くのか」「ぶっ殺してやろうか」とまで思ったその自らの思いが、図らずもぶり返しているのだ。これではいけないと、さらにソラナックス二錠追加。三錠もいっぺんに飲むのは初めてだ。やがて頭はぼーっとなった。皮膚感覚がなんか敏感になるような気になる。『インソムニア』を観た夜にこれでは、ちょっとできすぎじゃないかと思いつつ、眠りに落ちた。