『ゴールデン・フリース』ロバート・J・ソウヤー

ASIN:4150109915
*注:ネタバレを含むかもしれません

はじめは冗談だった。こんなものが音をたてるはずがないことに、だれかが気づくと思ったのだ。これまでに七千三百万回エレベーターを動かしたが、まだだれも気づいていなかった。

 僕が読むSFは、ディックやヴォネガット、クラーク、アシモフと、何やら名の知れた人ばかりだ。SFは好きだけれど、ファンと呼べるほどの知識と読書量がない。だから、どうしても安全策をとってしまう。だから、ソウヤーのSF界での位置づけも知らないけれど、自分としては唯一SFを読み始めてから名前を知った作家なのだ。とうぜん、ソウヤーは抜群に面白い。どの本だったか、なぜ手に取ったのだっけ? たぶん、「ネビュラ賞」とか帯にあったからだ。その点、やはり安全策には違いなかったか。
 さて、『ゴールデン・フリース』。上に引用した「こんなもの」は移動型の宇宙コロニー内にある、真空シャフト内で動くエレベーター。そして、それに音を付ける冗談をやっているのが、我らが物語の語り手であり主人公(?)、宇宙船の管理コンピュータ‘イアソン’である。そして、事件はこのイアソンが一人の女性技術者を殺すことから始まる。犯人が語り手となるミステリとも言えるだろう。
 この設定ではやはりHAL9000が思い起こされるだろう。ただ、自分はあの『2001年宇宙の旅』は、ぼんやりと映画で見ただけなので対比などできない。しかし、イアソンの方がけっこう感情的だ、という印象はあるかもしれない。そして、そのキャラ設定がなかなかによかった。
 そして、この宇宙船内で全能に近いイアソンに対抗するのが、怒りっぽいカナダ人のアーロンさん。イアソンがこいつの考えていることを知ろうと、膨大な量のメモリを費やして、脳内情報の一切合切をコピーしてしまうくらい、キレ者なのだ。この脳内情報、記憶のコピーで思い出したのは、同じ著者の『ターミナル・エクスペリメント』(ASIN:4150111928)。お得意のソウヤー節かと思ったら、あとがきで『ゴールデン・フリース』が処女長編と知った。たしかにそのシーン読むと、作者が「これで一本いけるんじゃないか?」と思ったのも当然と思える。そんなエライ発想だ。
 で、イアソンとアーロンの対決はどうなるのか。そもそもイアソンが殺人を犯した理由とは、と、グイグイ引き込まれて、思わず一気読みしてしまった。そして、問題は一宇宙船ばかりではなく、地球その他の大きな問題へと展開していく。ここらあたりの飛躍。僕がSFにひかれる理由。ちょっとちぐはぐな面、冗長なところ(アーロンのトラウマなど)、集束していかない感じもあるけれど、まあ、全体のパワーは文句なし。実にキック力あるSFでした。