戦後短篇小説再発見2『性の根源へ』

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 古本屋で見つけたこの本。隣に同じシリーズがもう一冊あったが、迷わずこちらを選択した。なにせ俺は頭の中の九割がエロとセックスのことで占められ、後の一割を競馬と野球とテレビと本とネットと料理で食い合ってるような人間なのだ。そこへきて「根源へ」などと言われたら、行くしかないじゃないですか。
 さて、ずらりと並んだ小説家たちの名前。俺の読書の偏りからか、この中でちゃんと読んだことがあると言えるのは、坂口安吾のみ。安吾には一時期はまって、手当たり次第読み漁っていた。しかし、他の作家の方々となると、名前は確かに知っているが、読んだことはないのだ。むろん、こういった出会いがあるのがアンソロジーの魅力だ。
 一番最初に載っていた作品が、戦中から戦後への移行をある女との性愛とともに描いた坂口安吾の「戦争と一人の女」。[無削除版]とあり、GHQの検閲があった作品とのこと。鬼畜米英に関する噂話を述べた部分や、倒錯的な女の嗜好から「戦争がいつまでも続いてくれ」というような部分が規制されたようだ。しかし、削除部分傍線というのは多少読書の興を削がれたような気もする。さて、つらつら全作品について述べるのも面倒なので、気になったものだけ挙げる。
 一番ポルノ的だったのは、中上健次「赫髪」。ポルノ的というのは、性交部分の描写の細かさと長さについてということで。とにかくやりまくってる感じだが、だからといってエロ小説的ではない重苦しさが漂うのも確か。中上健次はいつか手を出そうと思っていた作家の一人だが、その思いは強くなった。
 一番悲惨な話は野坂昭如の「マッチ売りの少女」。ちょっと長いが次のようなリズムがいい。

 抱いてくれといわれて、ひょいと見れば半分坊主のざんばら髪、頬はげっそりおちて、鼻の両脇隈取ったように垢が浮き、「なんじゃこれ、ジキパンよりひどいやんけ」酔いも覚め果てた男、ツバキ一つお安にひっかけ、肩をつぼめて立ち去る。

 ここに描写された「カキヤ」、「姿かたちどうみても五十過ぎにみえるが、実はとって二十四歳」の悲惨なストーリー。過去に遡り、現在にもどり、ハッと終わるラストも秀逸。ジブリはこれを映画化してくれ。
 一番フェティッシュにエロかったのは田久保英夫「蜜の味」。若い妻が腐りかけの果物を食うさまのエロさは特筆。思わず頭の中でスガシカオの「甘い果実」が流れてきた。ついでに、主人公がタイポグラフィーをやっているという設定もいい。
 一番印象的なシーンがあったのは田村泰淳の「もの喰う女」。これも女が喰う話ではあるが、以下に続く男がむしゃぶりつくシーンがよかった。

彼女の家へ曲がる横町の所で私は急に「オッパイに接吻したい!」と言いました。

 言いましたか。ええ。言いましたとも。
 最後に一番の一編。それは富岡多恵子の「遠い空」。寒村を舞台にしたこの話、スタートはレイプされた老婆の死体が発見されるところから。なにやら夢野久作の「いなかの、じけん」を思わせるような雰囲気。実際、近親相姦めいた話も出てくるし。しかしこれは、女性が持つ(のであろう)性の終わり無さ、永遠を主題とした作品。これには物言えなくなる凄味がある。我が身辺を振り返って、何か思うべきところももちろんあるが、どうにもここには書けない。
 というわけで、この手のアンソロジーはそれほど手を出さないのだけれど、やはり入口としては良い。いくつかの「見つけたら買う」を頭に叩き込んでおくことになった。が、そんなに金もないから坂口安吾でも読み返すか。何せ、バカ高い講談社文芸文庫を古本で無しに買ったのだからな。