この夏さいしょに蚊を殺した話

 眠ろうと思い、枕元の電気スタンドのスイッチを切る。目を閉じると、それを待っていたかのように蚊の羽音が近づいてくる。一回、二回と手で払っても、繰り返しやってくる。ぼくは頭に来てしまって、部屋の電灯のを入れる。去年の使いの腰の殺虫剤はまただたっぷり残っていて、ぼくはそれを部屋中にまく。ぼくは何かをやりとげたような気になって、ユニットバスに避難する。
 ユニットバスに入ると、そこに一匹の蚊が飛んでいるのを見つける。壁に近づいた瞬間、ぼくは激しく蚊を打ちつける。ユニットバスのオフホワイトの壁に、血の痕が一条はっきりと描かれる。ぼくは自分の血がこんなに吸われたのかと思わず声を上げる。
 翌朝、ぼくは体のどこも刺されていないことを発見する。あの血はぼくでない誰かの血だった。そんなものに触るくらいなら、ぼくが刺されたほうがよかった。ぼくはあわててユニットバスの血の痕を拭き取る。