『勝負師語録』近藤唯之

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近藤節は縦横に紙面に躍動して、たちまちエースの座を確保。
「報知に近藤唯之あり」
の声が高まるのである。

 上の引用は本書巻末の「巷談・近藤唯之」(島野功緒)と題された解説から。近藤唯之の経歴については、自身の著書の中にちらりちらりと出てくるが、この解説ではっきりと知ることができた。リアルタイムで追ってきた世代ではない俺にはありがたい限りだ。
 まず、近藤が報知新聞の入社テストで「参議院選挙を終えて」という題の小論文を科せられた折りに、「まず、私の選挙事務所アルバイト経験から書く」と近藤節をやってのけたのはよく知られるところだろう。すぐさまエース格になるものも、自分の記事に飽きてくる。当時の記事は、試合の内容をいかに忠実に再現するかが要点であった。そこで近藤は、その頃文化部の次長をしていた島野氏のアドバイスを受けて、人間くささ、人間のドラマを全面に押し出そうとする。これが最初のスタイル確立だろうか。
 次に近藤は、東京新聞に移る。この頃テレビが普及してきたことにより、お茶の間で人間ドラマを目の当たりにできるようになってしまう(もちろん、裏舞台までわかりはしないが)。そこで近藤が目を付けたのは、「数字と科学」であった。近藤の本によく出てくる、ボールがベースを通過する秒数や、バットスイングの速さ。そういった0コンマ以下の数値を駆使するようになる。これが次のスタイル。
 最後に近藤は、夕刊フジに移籍する。そこで確立したのは、監督を中間管理職、選手をサラリーマンに見立てるというスタイルだ。まさしく夕刊紙の読者層に合ったスタイルということになるだろう。
 いやはや、プロの世界の男たちを描くさいに、自らを凡人の代表のように書く近藤唯之その人も、我々とは地球一周半の差があるような偉大な男だったのである。自らの成功スタイルを捨て、常に新しい領域に踏み込んでいく、その姿勢が、だ。もちろん、そこには修羅場に生きる勝負師たちに学んできた部分も多いだろう。
 というわけで、『勝負師語録』。いわゆる「近藤節」全開、というわけではなく、要所要所をしめるといった具合だが、もちろん熟練の筆さばきは見事。さらに言えば加藤哲郎の「巨人はロッテより弱い」を堂々と収録しているように、「語録か?」と思わせる部分もあるが、そのいい加減さ(失礼)も芸のうち。さらに、相撲に競馬にマラソンランナー、陸上のスターターに剣道選手と多岐に渡る野球以外の取材対象を味わえるのも魅力。ブームのころの若貴や、その父と伯父についての記述などもあり、今読むことで思わず唸る部分もあるのであった。