『キリンヤガ』マイク・レズニック/内田昌之訳

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 あのジャッカルたちは、人工的につくられた保護地区での生活に適応できるだろうか。
 それはじきにわかるような気がした。

 八十年代のサイバーパンクの根っこのあたりをつまんでみた俺は、九十年代のSFを覗いてみることにした。そこで選んだのがこの『キリンヤガ』。著者自身が巻末で、それぞれの短篇ごとの受賞歴をずらずら書き連ねるくらいなので、評価はとても高い作品。SF門外漢の、ヒューゴー賞とかネビュラ賞とかの文字を素直に受け取る俺にはもってこいの作品と言えよう。そして、その予見は正しかったと思われる。
 しかし、SFといっても、SF臭は薄い。舞台はテラフォーミングされた小惑星「キリンヤガ」。そこにアフリカのキユク族なる種族が移り住み、自らの故郷がヨーロッパ化される前の暮らしをする。ゆえに、舞台のほとんどはアフリカのようなものであり、人々の営みも基本的には近代化以前の昔のままだ。そして、文明社会が侵略してきて、シド・ミードがデザインした機械人形が大暴れすることもなく、そこに起こる問題や矛盾、衝突がじっくり描かれていく。あくまで部族の問題で、目に見える形での戦争も大事件もない。そこが素晴らしい。キリンヤガの特殊な状況における問題はもちろん、文明と文化、民族と国家など、さまざまな問いかけが積みかさねられていく。そして、作者は無理矢理正解を導き出したりはしない。
 主人公はムンドゥムグ(祈祷師)の老人コリバ。この、ムンドゥムグなる立場、中島らもの『ガダラの豚』(ASIN:4087484807)を読んでいたおかげでよくわかった。しかし、このコリバはイエール大学とオックスフォード大学で博士号を得たインテリだ。その彼が、自らが設立に情熱を注いだキリンヤガで、彼の「ユートピア」を築くべく努力する。この主人公の設定はよい。もしも彼に西欧社会のエリートという過去がなければ、「逆子の赤ん坊を殺す」とか「重い病の老人はハイエナに喰わせる」とかいった行いにちょっとついていけないかもしれない。しかし、彼は彼の考える一族の理想のために信念を曲げない。読んでいて、時にコリバの行いに正しさを見るし、逆に「それは違うんじゃないか」と反発を覚えることもある。そんなふうに読み手を振り子状態にするバランスが絶妙だ。
 そして、そのバランスを支えるのは、よくできたエピソードの数々だ。作中でコリバが子どもたちに語る数々の逸話と入れ子のようになっている物語だ。これがまた一つのシミュレーションとも思考実験とも言えるようなもので、ここらあたりはSFとしての魅力ではなく、もっと広い意味での良さがある。そしてまた、「和魂洋才」の道を選んだ日本人の末裔として、なんとも我々自身についてもちらり考えてしまうような気にもなる。
 どうもお堅い本を読んだ感想にもなりかねないが、決してそんなことはない。それは、コリバの独特のユーモアのセンス、あるいは、受賞歴をずらずら並べてしまう作者のセンスによって、実に読みやすくつくられている。思わず一気に読んでしまった。とはいえ、本書自体には満足したものの、「これが九十年代SFか」というような気にはなれず、もうちょいSF的にハードな方もつまんでみようかと思っているところだ。