『時効警察』を見た

goldhead2006-03-04

 これは時効警察ならではの楽しみと見ていいのでしょうか、やや無理のある再現シーン、すなわち今回は櫻井淳子さんのセーラー服姿。そんなこと言っては失礼……でもあありますまい、私より年上なのですから。が、しかし、それがいい、と言いましょう。私は八木亜希子さんのサンタコスが楽しみで毎年クリスマスまで生きることにしている変態ですし、人はどこかしら変態なのです。
 とはいえ、麻生久美子もセーラー服になり、なおかつオダギリジョーがセーラー服になるのだから、櫻井女史としてもノーとは言えないところでしょう。というわけで、今回のオダギリはすごかったのです。変態役が生きに生きていた。羊と何かする変態役なんてかっこよすぎるぜ、という具合です。
 閑話開始。このインターネットの僻地である日記に、一日に一件か二件‘獣姦’絡みのキーワードでヒットがあります。SEQ対策などなにも施していないのにですよ。これを世の中の獣姦趣味者の数の少なさと取るか、あるいは新たなるアダルトサイト沃野の広がりと見るかはあなた次第です。最後にはっきり言っておきますが、私は獣姦に性的興味を全く抱くものではありません。
 閑話休題。多め亭(これも馬鹿馬鹿しすぎていい)にて霧山君が変態役と間違えられるシーン。ここでのやりとりが良かった。おばちゃんから「どっちが本物?」とたずねられて、「彼には彼の変態としての人生があるので、どちらが本物ということはない」という返答。この肯定感(観)がこのドラマの底抜けのくだらなさを支えているところではありますまいか。こういうのをオルタナティヴとでも言うのか、あるいは、またぞろけむたる世界観というものです。だいたい、主人公の根本の動機からして、勧善懲悪なんてものはどこ吹く風の「趣味でやってるだけ」。だからこそどうでもいい小ネタも許される、というような。いや、正直、小ネタばかり意識が行ってしまうと、ちょっと疲れるのですが。しかし、それもいい。夢の話とか、遠くで鉛筆曲げしてる署員とか、ゴーゴリとか、意味がわからない。
 さあ、そんな時効警察も次で最終回。もっともっと見たいというのが正直すぎるところですが、これだけの人材をそろえて作り込んでいくとなると、なかなか続くのも大変なのかもしれません。早くもいずれの復活やスペシャル、映画などを望む次第であり、「何度目だ時効警察」と言われるくらいの発展を願わずにはいられません。