銀の叉子、銀の餐刀

goldhead2006-05-18

 先週の日曜日のことだ。俺は母の日とはまるで関係なく伊勢佐木町を歩いていた。食器屋の前にどこかの母子、子は小さな女の子。その母親、店先に出ていた何かをむんずと掴むと、そのまま店に入るでもなくずんずん駅の方へ。すわ、これが新手の武装スリ団(武器は現地調達)か、などと思うも、見てみれば古くなった銀メッキのナイフとフォークを無料で配っていただけだった。
 安物買いの銭失い、という言葉がある。しかし、無料ならばそんな心配もフリーだ。俺もがちゃがちゃと程度のいいものを探す。どうせ捨てられるなら、俺が拾ってやろうじゃないか(ただより高いものはない、とも言いますが)。
 選び終えた俺、すぐに立ち去ろうとした。そう、そのときの心境である。先ほどの母親がむんずと掴んでずんずんしたその心境がわかった。本来やましいこともない(いや、店を覗いていくべきだったかもしれませんが)のに、周りの目が気になる。なんとなく、犯罪者を見るような目で見られているような気になってくる。お前らがそんな目で見るんだったら、お望みどおりにしてやろうか、オラエー!……とわけもなく荒んでくるのである。ここに、非行少年に接する際のヒントがあるのではないか(ないかもしれない)。
 俺はさっそく銀のナイフと銀のフォークでお好み焼きを食べた。やはり、お好み焼きは箸で食うべきだった。小見出し中勘助の『銀の匙』に倣って(とはいっても未読)書こうと思ったが、はたして俺はフォークとナイフの日本語を思いつかなかった。上のは中国語を拜借した。同じカトラリーの間で、妙な差が出たものである。