夢のケンタッキーダービー観戦記

 僕はケンタッキー競馬場の内馬場通路にいて、正面スタンドからの発走を待つ。かたわらにはレースに馬を出走させる日本人の馬主がいる。その馬はハーツクライによく似た馬体の馬で、11番ゼッケンをつけている。僕もどうやらその馬に一枚噛んでいる。
 レースがスタートする。一角、二角を回る。僕らは徐々に四角に向かって歩きはじめる。ゴールの瞬間はメーンスタンドでという算段。しかし、人の歩みで追い付けるのか不安になる。
 三角付近でトラブルが起きる。先行する馬に落馬があり、将棋倒しのように落馬が続く。僕は自分の馬のことを不安に思う。見つけた11番ゼッケンは馬群の最後方にくっついて走って行く。しかし、騎手がいない。カラ馬だ。僕は少し残念に思うが、馬が無事だったので安心もする。
 レースは四角を回って、ダートを巻き上げてゴールになだれ込む。僕と馬主氏も駆け足でゴールに向かう。メーンスタンドに着いたときには、馬たちはとっくにゴールを通り過ぎたあとだった。僕らは、アメリカ人たちに尋ねる「What's the winner's name?」。しかし、あまりの激戦にアメリカ人たちもわからない。さかんに「What's name」という言葉が飛び交う。
 僕らはようやくゴール板の前にたどりつく。そこで、ウィナーズサークルの囲いもなく表彰式が行われていた。簡単な表彰台に日本人の騎手。地べたに黒板がおいてあり、手書きで勝利者の名前が書いてある。「騎手:岩部孝二」「調教師:昆貢」。すぐ横には、手綱を引かれた勝ち馬がいる。芦毛の、それもそうとうに白くて透明感のある馬。聡明そうな馬。
 この結果を見て僕は、岩部がケンタッキーダービーを勝つようになる時代か、と感慨深くなる。ふと気付くと、馬主氏は同時開催の府中の最終レースを買いにいってしまい、姿を消している。僕も馬券を買おうかと、あてもなく歩きはじめる。ケンタッキー競馬場の馬券売り場は、場内にあるいくつもの小さな小屋だ。そこで、紙にスタンプで買い目を印字し、金額は手書きという馬券を売る。その一つの窓口にたどりついたが、売り子の姿は無い。大量の馬券が窓口の外においてあり、いいのだろうと取り上げてみると、終わったレースの外れ馬券だった。
 ターフビジョンに府中の最終レースが映る。もう、返し馬に入っている。府中の芝はえらくのびていて、ジョッキーのあぶみの高さくらいまである。それをかき分けて、馬たちが一角に向かって行く。一番人気は武豊の乗るアグネスタキオン産駒で、きらきらと金色の馬体が輝いている。僕はあの馬が負けることは絶対にないだろうと思う。