ぼくの生まれた日は

 荻野先生の論文がドイツで医学誌に掲載された日だった。いわゆる、「オギノ式」(……という表記は、先生が嫌ったまがい物の避妊法を指してしまうかしら?)が世に広く知られるきっかけになった日なのだ。松平アナは「その時歴史が動いた」なんて言うわけで。危うい。これがもっと、大々的に広く知られて、記念日に制定されたりして、その日は日本全国排卵日祭りなどになっていたら、俺は排卵日祭り生まれの男として生きなければならなかった。
 ……と、いったところで、俺はいまだによくわかっていないの。その、周期とかそういう話。なんべん聞いてもわからない。きっと、男にはわからないようにできている話なのだ、たぶん。