『馬鹿が戦車でやってくる』/監督:山田洋次

馬鹿が戦車でやってくる [DVD]
 馬鹿と戦車、それぞれ単独でも手に負えないというのに、それが合わさったらどうなりますか? むかし、アメリカの高速道路を激走した馬鹿もいましたし、こないだ、重機で大家の家を完全破壊した馬鹿も同類でしょう。馬鹿と戦車、実に凄みがある。そんなわけで、いろいろの想像がかき立てられる「馬鹿が戦車でやってくる」という言葉のインパクト。これが山田洋次の映画のタイトルと知って、いつか見たいと思い、ついに念願かなったというわけです。
 だいたいもう、『馬鹿まるだし』、『いいかげん馬鹿』に続く馬鹿三部作の締めくくりが本作というのがいかにも馬鹿です。もう、それだけでお腹いっぱいという印象です。しかし、どうでしょう、本作は実のところ結構ヘビーでシリアスだ。
 閉鎖的な村の村はずれの一番貧乏な家のサブは村人たちに笑い者にされる馬鹿で、老いた母はつんぼで弟は気違い。農地解放以前の地主はいまだにふんぞり返って、サブの土地を狙ったりもする。その溜まりに溜まった鬱憤が、タンク(タイトルの戦車は「タンク」と読ませます)による大暴走となるわけです。
 コメディなので、もちろん笑える部分は随所にあります。あるにはあるけれど、「馬鹿だなあ」と思ってあっけらかんと笑える箇所は少ない印象。むしろ、一つ一つの会話の巧みさとか、そのあたりはさすがに面白いといったところです。しかし、それよりも、ハナ肇の表情や、圧倒的に老母のナンミョーホーレンゲーキョーや、最後の砂浜への軌跡が印象に残ります。
 では、肝心の戦車大暴れはどうなのか? というと、これは物足りないと言わざるを得ない。溜まりに溜まった鬱憤がどうはらされるのか、と思って見ていても、カタルシスはない。話のテンポも前半とあまり変わらず、なんとなく間延びして感じられるわけです。砲をぶっ放すわけでもありませんし、せいぜいが地主の家を部分破壊するくらいといったところ。結局のところ、貧しく弱く馬鹿な人間は、戦車で大暴れしようともどうにもならないという、痛切な結論が残るくらいでしょうか。痛烈な皮肉、なのでしょうか。
 ところで、主役とも言える戦車がどうかというと、これが小ぶりでかわいい。かわいいというと語弊があるかもしれませんが、軽戦車というやつなのか、小さくて、案外速い。ウィキによると雪上車を改造したものらしいのですが、「馬鹿が」「戦車で」というインパクトには物足りない。予算やなにかの都合があったら、中戦車(?)クラスを使ったのでしょうか。しかし、それでは少年戦車兵が納屋に隠していたという設定に無理が出るかもしれないし、コメディの域を出てしまう感もありますか。
 まあ、そんなわけで、傑作だったとは思えませんでしたが、あの『馬鹿が戦車でやってくる』を見た、という印象は残ります。あと、極妻以降しか知らない岩下志麻が、病弱なお嬢さんを演じているのも新鮮でした。そんなところでしょうか。ああ、あと、『こち亀』です、『こち亀』。『男はつらいよ』と対比されたりもしますが、ふんだんにこの馬鹿と戦車のテイストが盛り込まれているじゃないですか。最近のは知りませんが。ここらあたり秋本治山田洋次、あるいは浅草と戦車に通じるものがあるのでしょうか。ありませんか。では。