誰が亀田に詫びるのか

 白井義男の世界王者は八百長だ。対戦相手のダド・マリノについていたのは日系二世のサム・一ノ瀬で、そのおかげでいきなりランキング一位にねじ込まれて挑戦者に。それでホームの日本で白井の判定勝ち。コーチのカーンは元GHQで、白井との国を越えた友情物語は、独立日本を盛り上げるための格好の美談じゃないか。そういうブックだったんだろ? ボクシングってのはそういうものなんだろう? 知ってるぜ、さっき見たばかりだからな……もしも、そんな風に思ってしまった人がいたら、誰が白井に詫びるのか。
 鬼塚勝也竹原慎二畑山隆則。亀田のパンチの時だけ‘ナイス!’と声を上げ、後の編集じゃあ重宝していたな。日本人が世界チャンピオンになるには、最後まで立って試合してればいいんだろ。後輩を悪くは言えないよな……もしも、そんな風に思ってしまった人がいたら、誰が歴代の世界王者に詫びるのか。
 スマートな試合運びで勝利を確信したフアン・ランダエタに誰が詫びるのか。そのランダエタを応援していたベネズエラの人に誰が詫びるのか。内心苦々しく思いながらも、採点方式とホームタウン・デシジョンについて弁明せざるをえないボクシングファンに誰が詫びるのか。これからプロレスラーのように馬鹿にされなければならないボクサーたちに誰が詫びるのか。兄と同じ道しか用意されていないと知った亀田大毅亀田和毅に誰が詫びるのか。本当に強くなる機会を奪われた亀田興毅に誰が詫びるのか。
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 俺の中の‘ボクシングの特別感’は失われた。幻想に過ぎなかった。高度な競技性、ストイックな選手達、本当に一握りの栄光。そんなものはありはしない。興行は興行、見せ物は見せ物。プロレスも相撲もK1も総合格闘技も全部一緒だ。
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 試合を見ていて、俺の中の‘ボクシングの特別感’やリングの神聖さはふくれあがったのだ。ランダエタはちゃんとした選手で、ちゃんとした試合をしている。亀田もちゃんとした選手で、ちゃんとした試合をしている。そう見えた。試合のレベルはわからない。しかし、これは好勝負だ、と。
 素人の見た感想。1Rからリング中央での至近戦。終了直前のダウンもあって、以後3Rくらいまではランダエタペース。亀田はよく持ちこたえていたように見えた。4Rになってはじめて距離が開き、ここはランダエタが取ったように思った。しかし、その後の5〜9Rくらいは亀田がしっかりと盛り返し、右のダブルやボディへの攻撃は効いているようにも見えた。でも、ランダエタはしっかりと反撃を繰り出し、決して一方的ではなく、五分の押し合いに見えた。そして終盤。ここでガタがきたのは亀田。ミニマム級よりこの階級でスタミナ有利に働いたのはランダエタだったか、動きは止まらない。亀田、見栄えの悪いクリンチ。実況も、解説もしきりに「世界の壁」、「いい経験」と敗戦だけどがんばったモード。俺はそれに同意しながら見た。今までの対戦相手はどうやら弱いらしい。しかし、今回は、階級あげてかえって調子良さそうな元ミニマム級暫定王者相手に、よくやってるじゃないか。そのくらいの力はあるんじゃないか。あとは、今日の課題を糧に……と。
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 ところがなんなんだ、あの判定はなんなんだ。俺は、俺の中で澎湃とわきあがってきていたボクシングへの好感が、一気に消え去った。試合を好もしく思ったことを打っていたメール、途中から「ええええええええええええええええええええええええええええええええ」で埋めつくされた。全国のあちらこちらで「ええええええええええええええええええええええ」となったんじゃないのだろうか。幸せなのは、「新王者」の声を聞いたときに歓声をあげたファン。ランダエタが王者だと信じていたファンたちだけかもしれない。
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 それでも俺は、リングが正しい場所であることを信じたい思いもある。俺はボクシングファンではないけれど、これは変だと思った。こんな変なものがまかり通ってそのまま終わるとは、信じたくないのだ。それははかない夢なのだろうか。