旅立ちの朝

 「なんだこれ」。ドアを開けて思わず言葉が漏れる。凍るような強風がアパートの間を吹きつける。革のコートに抵抗を感じながら、一歩一歩前へ足をすすめる。やがて駆け足になって、階段を一足跳びにおりる。自転車のチェーンを素速くとりはずして、ペダル踏み込んで風の中を進む。
 今日は特別な朝。いつもの朝とは違うのだ。強風の追い風を受けて、坂道を一気に駆け上がる。そうだ、今日はすべてが違うのだ。なにせ今日は、……八時四十五分からアパートが断水になるのだから……、一時間も早く出たのだ。

 そうだ、僕には痛い経験がある。あの愚は二度と繰り返さない。人間は過ちから学ぶ。だから僕は、夜、シャワーを浴びた。目が醒めたら、すぐに顔を洗って、着替えをして、寝癖を直し、そして部屋を出たのだ。こんな寒い日、急にシャワーが止まったらどうしますか? いや、寒さに関係なく流せないのは一緒だ。
 こんな特別な朝は、特別なことをするに限る。そうだ、マックへ行こう、朝マックを食おう。クーポン券はないけれど、マックに行くのだ。マックに行って、あの甘ったるいやつを食おう。甘ったるいやつと、ちょっとおいしいコーヒーを食いながら、職場のデスクで新聞でも読もう……。なにせ、特別な朝だから。