ナポレオンの髪、頼朝公の髑髏

INFNでナポレオンの少年時代から晩年までの毛髪の標本を集め、小型原子炉を使ってヒ素の含有量を測定したところ、少年時代からすでに高かったことを突き止めた。

http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20080213-OYT1T00216.htm

 頼朝のしゃれこうべという小話か何かがあって、詐欺師が「これ、江夏の21球の14球目です」ってボールを売るような話(違うか)なのだけれども、それを思い出してしまった。そして、その出典が気になっていたのも思い出してしまった。同様の話を、英語かフランス語のテキスト(日本語向けでない、海外発行のもの)で見た覚えがあるからだ。「頼朝公のしゃれこうべ」とされているものが、実は海外小話の輸入。あるいはその逆。それとも、たまたまの偶然、どれだろうか。
 ……と、ちょっと検索したがわからない。似たような疑問を持つ人はちらほら見かけたが。それはともかく、ナポレオンの髪だ。なるほど、「髪からヒ素が検出された」というと、ナポレオン毒殺に簡単に結びつけてしまうが、当時の人がみなヒ素多めだったという想像も必要なのだろう。同じように、「天洋食品の冷凍餃子からメタミドホス」といってもあわてずに、すべての冷凍餃子にメタミドホスが入ってると考えるべきではないのか。いや、ちょっと違う。
 しかしなんだろうね、さすがにナポレオンともなれば少年時代の髪が残っているものなのかね。たぶんDNAとかで鑑定できるから、別人ということではないだろう(「国立核物理学研究所」という名前が仰々しいから信じてみたい)。しかし、それとともにジョセフィーヌや二世の鑑定をしたからといって「200年前の人々は現代人に比べ、毛髪のヒ素含有量が100倍高かった」と言えるのだろうか? 
 ひょっとしたら、ボナパルト家は代々幼少時より少量のヒ素を毎日少しずつ摂取し、ヒ素に耐えられる身体づくりをする一族ではなかったのか。そして、鋭い手刀、あるいは足に仕込まれたヒ素毒により、敵を葬り去るのである。このコルシカ島に伝わる秘技によって、ナポレオンはヨーロッパを席巻し、構成に名を残したことを、賢明な読者諸氏ならばご存じであろう。……知っているのか雷電