横浜刑務所に入ったこと

 横浜刑務所に入った。そして出てきた。
 金曜の朝である。職場の新聞の折り込みチラシに「第38回横浜矯正展」を発見。横浜に、港南台あたりに刑務所あったのか。刑務所の品を買えるのか。刑務所の、施設見学があるのか! ……と、頭の中は刑務所一色になった俺は、もう俺はこの11/1、11/2に行われるこのイベントに行かないわけにはいかないと、これはもう天啓だと、そう信じて、天皇賞(秋)と被るのも気にせず、ともかく出向くことを決めたのだった。連れの人に拒否されたら、一人で行く覚悟であったのだ。
 刑務所、刑務所、俺の刑務所。俺はどうも刑務所に惹かれてならない。いや、とくに自分が変わっているとは思わない。映画やドラマやドキュメンタリ、いくつもの監獄もの、刑務所ものが存在している。人の中にどこか、もっと入りたくないところに入ってしまう自分を想像してしまうような、そういうところではないかと思う。俺は、人並みか、それよりちょっと強めにその志向、嗜好があるというだけなのだ。たぶん。
 そういうわけで、朝から行った。そして出た。とりあえず、施設見学についてメモする。
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 ……総合案内のところで、施設案内について尋ねると、「あちらの奥の方です」と。時計を見れば、告げられた受け付け締切時間三分前。すでにL字型に二列の長い行列ができている(これは目玉イベントらしく、午後もさかんに呼びかけアナウンスが行われ、すごい行列ができていた)。申込みとチラシには書いてあったので、何か名前でも書くのかと思いきや、見学についての注意事項が書かれた紙一枚渡されるだけ。内側の列の最後尾に案内される。しばらくすると、門が開き、ムショの中からぞろぞろとシャバに出てくる人の列。先に入っていた一団だ。すると、外側の列ご一行が今度は入場するというローテーション。
 さて、次に刑務官の人が注意の呼びかけ。「携帯電話、カメラなどは今からお配りする白い袋に入れてください。お持ちでない方も、袋が入場証のような目印になりますので、お持ちください」。そして、最初に手渡されたチラシと引き換えに、白い化繊の袋を配りはじめる。なるほど、チラシは使い回しで、人数カウントの役割を兼ねているようだ。大人しく携帯とカメラをしまう。もちろん、撮っていいのだったら、連写でシャッター押しっぱなし状態だったことだろう。
 そしていよいよ順番が来る。風邪気味でマスクをしていた(怪しい奴)のだけれど、せっかくの刑務所の空気を吸おうと外す。行列がどんどん門の中に入っていく。さあ、中だ! どうだ、空気は! ……別に普通だ。しかし、刑務官に厳しく見張られていると考えると、妙な気はないのに妙に緊張するもの。いや、別に「厳しく」というのも、こっちの想像の中であって、解説も面白く、質問にも気さくに応えてくれるのだけれど。だけれど、でも、こっちが急に怪しげな動きをしようものなら、即座に対応してくるのだろう。
 さて所内。まずは塀に沿って歩く。塀は内側に返しがつくような形で、鉄条網ではない。が、三本通っている細い線は電気が流れているのかもしれない。地面の舗装されていない部分は土が見えており、ともかく草むしりが徹底されているという印象。植木もあるが、小さな、背の低い、枯れたようなツツジが距離をとって植えられており、隠れるような場所はない。内側には数本コムラサキの株があり、こちらも小さい。ただ、実をびっしりとつけていた。
 建物は新しくもなく古くもなくという印象。普通でないところといえば、雨樋の最上部に針金(鉄条?)で半円形の平らな返しがついており、これも何らかの対策なのだろう。
 最初の工場に入る。印刷工場だ。インクか何かわからないが、そういった匂いがする。今日は休日なので、もちろん稼働していない。
 部屋の端と端の壁の丈夫に、注意書きの看板がある。じつに古い。手書きだったか? グーとパーの形の手の絵があり、グーの方は「大便」願います、パー(といっても指先は揃える)の方は「小便」願います、のよう。これをビシッと指さすのだな。
 などと、キョロキョロしている俺。先頭の方をいく説明係の刑務官と距離があったせいもある(最後尾だったので)けれど、少し怪しいか、最後を歩く刑務官に見られているような気もする。別に「あれ何ですか?」などと話しかけてもよいのだけれど(別の参加者が何度か質問していた)、やはりこういうところでは気後れする。たとえば、「官本」と書かれた物入れ、そして入口のところに新聞入れがあって、実際に新聞が入っていたけれど、あれは誰がいつ読むためのものだろう、とか。あと、作業場所に一つ一つ、赤いボタンのついた何かが天井から下がっていたけれど、あれはなんだろう、とか。
 ちなみに、ここの印刷施設では、おおよその印刷ができるらしい。チラシや役所で使う書類、便せん、ノートなどなど。はたして俺は一応はDTPの片隅にいるけれど、この設備がどのようなものかは判別できなかった。しかし、もしもすごく安かったりしたら、ちょっと頼んでみるのもありか、などと己の裁量以上のことを考えた。一続きで木工工場もあったか? 
 あと、説明に曰く、懲役については労働基準法が採用されないとのこと。でも、懲罰のための労働刑ではないし、健康管理などに無理はぜったいにさせないとのこと。たまに過酷な労働条件と、刑務所の比較をするコピペを見るが、そんなことを思い出す。
 次は製麺工場……なのだけれど、ここは衛生管理の問題で入れず。説明によると、全国で食品加工をしているのは、ここ横浜の冷や麦、細うどんと、千葉は市原の味噌、しょう油だけとのこと。麺はでんぷんを使っておらず、コシの強さが自慢とのこと。ただ、ゆで時間が長いのが玉に疵とのこと。ぜひ買って帰ってくださいと営業トークが笑いをさそう。
 そして一行が次に向かうはお風呂。順路にビニールのシートがひいてあり、土足で失礼できる。ただ、スペースの関係で、中で説明がはじまっても、最後の方の数人は中に入れず。しかし、着替えをするスペース、メガネ入れの木箱などあり、興味深くないところはない。このとき、別の人が最後尾担当刑務官に話しかける。最後尾刑務官入浴時間15分について曰く、「だんだん慣れて、早くなってきます。ただ、15分と聞くと短く感じられるかもしれませんが、実際のところ少し持てあますくらいの長さでもあります」と。まあ、「ゆっくり浸かる」の部分の長さはおいといて、頭に体にと集中して洗えば、そうなのかもしらん。また、先頭の方の説明で曰く、最近は収容者数が多く、風呂もギュウギュウ(本来一回四十人のところ六十人、だったかな?)とのこと。
 風呂の中はじっくり見られなかったが、壁面の一面は刑務官の監視台のようなものと、時間を表すライトがある。残り三面に鏡が配されており、上に番号が振られていた。湯船は大きなものが二つ、ステンレス製。縦長で、どことなくプールのよう。
 風呂を出ると、中庭に出る。陽当たりのよくないところに、日本庭園のような一角。説明に曰く、日々単調な部屋と工場の行き帰りの中で、季節の変化を云々で、この「洗心庭」(だったかな?)と名づけられた一角が造られたという。ここは紅枝垂のカエデ(‘手向山’かしらん)が地味に色づいており、また、地面にはタマリュウのような何かが植えられており、なるほど少し彩りがある。
 さて、少し進んで次は金属工場。こちらは、中に危険な化学物質などがあるとのことで、また立ち入れず。いろいろな部品やら、中華鍋などを作っているとのこと。看板に「職業訓練」なんとかと書いてあり、資格を得ることができるのだとか。ちょっと覗くに、こちらも本格的な工場に見える。ただ、先ほどの印刷工場もそうだが、すごく広い、でかい、大規模という印象はない。町工場くらいというか、どちらかというと学校の工作室などを二倍、三倍にしたというか、そんな雰囲気だ。とくに暗くも重苦しくもない。清潔だが、新しくはない。
 また中には。四方を建物に囲まれるような場所。一階、二階に工場があり、何か製品を作るほか、食事や洗濯など、中の事柄についての工場があると。また、食事については、最近外国人受刑者も多く、豚肉、牛肉などへの配慮が必要になってきている、などなど。「やっぱり外国人多いんすか?」と聞きたくなったが、やめた(これは別の場所のパネル展示で解決した。平成19年末で総員1,401人、来日外国人受刑者はそのうち285人。その内訳は中国人36.4%がトップで、10%ずつぐらいでブラジル、イラン、ベトナム、韓国と続き、その他が22.1%と案外多い)。
 そして……、これで終わりだったかな。十五分くらい。さすがに受刑者の暮らす部分は見られないので、工場見学という印象が強い。生活臭のようなものは一切感じなかった。ただ、これはもう、無料で立ち入れる見学としてはこの上なくスペシャルなものであって、とくに俺のように刑務所によくわからない惹かれ方をしているものにとっては、たまらない時間だった。ああそうさ、俺にとってはなんとなくオープンキャンパス、学校見学気分。「やっぱり仕事に関係していた印刷をやりたいな」とか、「それとも、案外木工などがいいかもしれない」とか、「非力なので、あまり重い金属関係は嫌だな」などとあまりに気楽な妄想をしていた次第。みなさん、この日記が終わるときは、俺が死ぬか、ネットにアクセスできない境遇(失業、ホームレス)になるか、それとも刑務所に入るときかの三択ですので、よろしくお願いします(何を?)。

関連______________________

  • http://www.e-capic.com/……刑務所作業品はCAPICと名づけられているようだ。しかしなんだ、収入の一部は犯罪被害者支援団体の活動に助成しているというけれども、ほかのお金の流れはどうなっているのだろうか、とか気になったりして。それにしても、刑務所関係はホームページが充実していない。横浜刑務所の公式サイトというものも存在していないのである。いざ入ろうというとき、下調べできないじゃないか。え? 入る先は選べないの?
  • 映画『刑務所の中』の感想
  • 自由の刑務所……なんか刑務所について
  • 『獄窓記』……元議員のムショ記録。

 ……まあ、他にもいろいろありそうだけど、割愛。