パーキンソン追憶

 正月、久方ぶりに祖母に会った。母母の方だ。以前会ったとき、そうとうに……なんと言えばいいのか、弱まっていたので、すこし不安だった。が、これがなんといえばいいのか……ずいぶんそのときに比べて元気になっていた。ほぼ寝たきりというか、移動も車椅子、リハビリ的な歩行運動、なのだけれど。ただ、意識や言葉などがはっきりしているような、そういう印象だった。膝とどこだったか、弱まった骨をどうにかする外科的手術を受けたらしく、そのあたりが全体的な好転のきっかけだろうか、などと思った。
 が、違う、違う。いや、たぶんそれもある、それもある。でも、一番のきっかけは、パーキンソン病と診断され、投薬を受けているからだろう。そうだった。
 しかし、どうも、パーキンソン病の薬を飲むと、幻覚を見るらしい。いろいろと活発になるけれど、幻覚の中にいる場合もあるらしい。そして、病院だかケアセンターだかでは、女性に世話されるときはおもしろくなさそうだが、若い男の人が世話するときは、やけに愛想と機嫌がよくなって、よく喋りかけるという。
 僕のことはわかってくれただろうか。よくわからない。「しょうちゃん? うそでしょう?」などと言う。それで、「ハンサムになったね、ハンサムになったね」と言ってくれる。僕がハンサムだというのはあまりに客観的な事実なので、このときは幻覚を見ていなかったのだろう。たぶん。
 ずいぶん前に亡くなった祖父もパーキンソン病だった。父父の方だ。彼の場合、そうとうに長くパーキンソン病で過ごした。僕が生まれたときには発症していたのではなかったかな。ウィキペディアにはこうある(wikipedia:パーキンソン病)。

主に中脳黒質緻密質のドーパミン分泌細胞の変性が主な原因である。ほとんどの症例が孤発性(非遺伝性)であり、そのほとんどについては、神経変性の原因は不明(特発性)である。遺伝による発症もあり2007年現在いくつかの病因遺伝子が同定されている。

 父系と母系からパーキンソンの血をひいた僕はどうなるのだろう? そうでない人に比べて、まったく発病の可能性が同じだということはないだろう。遺伝子が同定されているということは、たとえば僕の遺伝子を調べたりすれば、その可能性について多少は数字が出たりもするのだろうか。よくわからない。まあいい。
 そういえば、祖父も幻覚を見ていた。僕も下の世話などしていたころで、寝たきりになってしまっていただろうか。「部屋の隅に米兵がいる、米兵がいる、追い払ってくれ」と言うのだ。幻覚を見る人間を見るのは初めてだったので、ちょっとした驚きだった。祖父は戦時中、松根油で飛行機を飛ばそうとする研究などをしており、戦後GHQに呼び出されたという、そのあたりが米兵の幻を見た理由だろうか。まあ、健康な人、若い人がそうなるのとは、ちょっと違って、こういってはなんだけれども、そういうようなものにも見えたのだった。
 その祖父、僕は覚えていないのだけれど、キリスト教徒になったという。ある日急に、牧師さんだか神父さんだかを呼んでくれと言い、洗礼だかなんだかわからないが、ともかくキリスト教徒になったという。祖父は化学博士で、とくに信仰らしい信仰も、無宗教らしい無宗教らしさもなかった人だったので、みなおおいに驚いたという。
 それがいつのことだったのか、ちょっとよくわからない。そのようなことがあれば、さすがに自分もそのときに気づくだろう。とすれば、自分が生まれる前か、物心つく前となる。しかし、エピソードからうかがえるのは、死を目前に安らぎを求める人間のねがいのようなものだ。あるいは、パーキンソン病で体は不自由になりつつあるが、死は遠そうなある日、急にそういう思いにとらわれたのだろうか。そして、安心だか決定だかして(「あんじん」と「けつじょう」、孫はどちらかというと仏教くさいですよ、今のところ)、その後落ちついて生きたのだろうか。なにせ僕は、祖父とキリスト教との話は、その入信の話でしか知らないのだ。いっさい、そんなそぶりも、話もなかった。葬式も仏式だった。
 たとえば、なんだって急にこんな話をしはじめたんだろう。そのあたりはよくわからない。ただ、僕が急に今日、死ぬことだってある。母母や父母、父や母より先に死ぬことだってあるだろう。そんなとき、こんなことを書き残しておいた方が、書き残さないよりましだと思うからだ。たぶん、きっと。

関連______________________

  • 加藤六月は松根油の夢を見るか……加藤六月も死んでしまった。まあ、今日書かなくても、この日にずいぶん祖父のことを書いている。こういうときどきどきするのは、意図せぬ脚色が矛盾をきたしていないかということだ。ふふふ。
  • マジカル・マジカル・ピロロ・キノリン・キノン♪……ふざけたタイトルだが、俺は「パーキンソン病」あるいは「パーキンソン氏病」という響きに敏感なのだ。
  • NHKスペシャル「立花隆・最前線報告」……電極ぶっ刺し治療、脳深部刺激療法(DBS)とかいうものの映像は衝撃的だった。日本でも保険適応だという。もしも僕が病気になって、この治療法が選べるならば、まちがなく選ぶと思う。興味本位で。あと、この項の最後の一文、これを書き終えているのなら、もういいや。つねに記憶は立ち帰りつづける。つねに、つねに。