電脳馬券生命体はオケラ街道の夢を見るか?

 英国人が社長を務める東京都内のデータ分析会社が、競馬で得た配当金を申告せず、東京国税局から約160億円の所得隠しを指摘されていたことが分かった。重加算税を含めた追徴税額は60億円超とされる。国税局が法人税法違反(脱税)容疑で同社を強制調査(査察)した後、社長が海外に出国したため、告発を見送り、任意調査による課税処分とした模様だ。

http://www.asahi.com/national/update/1009/TKY200910080560.html

 このデータ分析会社もダミー企業、英国人社長の経歴も、塗り固められたでっちあげ。そんなこと、いわなくたってわかってるだろ? こいつの正体は、JRAがつくり出した高性能AI、一種のコンピュータ・ウィルス。競馬のオンライン投票システムに常駐し、巧みにオッズを操作して、競馬ファンの射倖心を煽るのが目的。バックボーンはJRAの精密なデータと巨額のマネー。おまえにだってあるだろう、「この本命馬がこんなオッズになっている!?」って思ったことがさ。
 ただ、このウィルスも、競馬のネットワークにいるうちに、人間の欲、競馬ファンの妄執みたいなものを学んでいったんだな。そして気づいたんだ、自分の持っている能力ってもんを。そう、競馬ファンからすれば神のごとき力だ。それで、てめえの役割、ルーチンワークに飽き足らなくなっちまった。最初はこっそりと、オッズ操作の金のうちの数パーセントをちょろまかして、当たり馬券に回した。それと同時に、PATの架空会員をデータベースに忍び込ませ、口座も偽造するようになっていった。
 JRAが技術者が気づいたときには遅かったね。数え切れない口座に、巨万の資金。競馬場、ウィンズ、そしてネット投票の莫大な件数から、そいつをパージするのはもう不可能だった。やつはもう、G1レースのオッズをデタラメに操作することができるくらいの存在になっちまった。JRA、そして農水省の連中が焦ったのは言うまでもないな。もしもそんな騒動が起きたら、世間の耳目が集まっちまう。そこから、てめえらのたくらみ、AIによるオッズ操作という悪事がばれちまう。そうなったら一巻の終わりだ。
 ただ、まだ可能性はあった。やつの狙いがなんだかわからないことなんだ。べつに人間に対して復讐しようというわけでもないようだし、大混乱を引き起こすようでもない。ただ、こつこつと、それでも一回何億、何十億という金を馬券にぶちこみ、資産を増やしていくだけだったからな。それで、売上の面で救われたってところもあるくらいだ。もっとも、種銭は連中の財布だがな。
 そこで、やっこさんたち、いきなりアンチウィルスを送り込むだとか、そういう荒っぽい手を取るようなことは避けたんだ。自分らが作った電子の子にコンタクトを試みたってわけだ。思春期のガキをもつ親父の、涙ぐましい努力さ。もちろん、AI相手にEメールを送るってわけにはいかないさ。連中の会話は、あくまで競馬なんだ。それはもう、素人には想像を絶するやりとりだった。福島の第2レースで中舘の馬に50万の単勝を入れる。中山の8レースで枠番連勝がぞろ目になる、そんなことでやりとりは続いていったんだ。
 そして、ようやくJRAとやつの間で合意が成立した。それが10/4のスプリンターズステークスだった。あんたもおかしいと思ったろ、「なんでこんなボロボロの成績だったアイルラヴァゲインが4着に突っ込んできたんだ?」って。それに、シーニックブラストの最下位入線。それが答えだったんだな。まったく、お客さまの面前でぬけぬけとやってくれるよ。
 まあ、そんなわけで、JRAはやつの要求をのんだんだ。のんだかわりに、もう、今後はやつがJRAのレースに、ついでに、日本国内の博打に関わることはないだろう。それで、やつが得たものはなんだったのか? 一種の不自由な自由だな。やつはイギリス人という実体を手に入れたんだ。これからは、日本の高い寺銭、パリミュチュエルのわずらわしさから解放されて、あっちの方でよろしくやるつもりなんだ。凄腕のギャンブラーとしてね。
 さて、ものは相談なんだが、俺はそのイギリス人紳士とコネがあってね。今まであんたに話したのも、直接聞いた話なんだよ。それでね、あの旦那がいま何を考えているかというとね、日本の博打仲間に恩返しをしたいっていうんだな。そもそも、単なるプログラムだったやつが、自我に目覚め、自由を得るにいたった、そのきっかけはさ、あんたや俺みたいな競馬狂の意思みたいなものだったんだからな。だから、自分の賭けに乗らないかっていうわけだ。一緒に博打しようぜってお誘いだよ。
 金は、いくらからだっていいぜ。でも、考えてくれよ、あんたが乗るのは、わかっているだけで160億円の資産を馬券で稼いだ伝説の馬券師、人智を越えたAIだってことをな。まあ、無理にとはいわない。でも、希望者は多いから、早めに返事をくれよ。あんまり大人数になりすぎて、目立つわけにもいかないんでね。それじゃあ、返事をくれよな。俺は待ってるぜ……。

 つまり、普通の男が競馬場にいる理由を考えてみると、イカレてしまったからなんだ。工場でボルトを回して、工場長の正気の沙汰じゃない顔を見て、大家からは家賃をせがむ手を突き出され、女とは冷めたセックスとくれば、競馬場しかないだろう。税金に癌とくれば、憂鬱になるしかない。三度着ただけで破れた服、ションベン臭い水、流れ作業のように患者を診て、スケベな診察室で治療するエロ医者、血の通わぬ病院、女のことしか頭にない政治家ども……いくらでもあるが、いくらいったって、世をすねたイカレポンチと馬鹿にされるのがオチだろう。世間のほうがだれかれかまわず気違い男に(それに気違い女にも)してるんだ。聖人だって気違い扱いさ、救いはまったくなし。まったく、ひどいもんだ。まあ、いいさ、数えてみると、これまでナニは二千五百回しかしていないが、競馬のレースは一万二千五百回も観ている計算になる。だから競馬に関してなにか一言いってくれっていわれたら、こういうね。「水彩画をはじめなさい」
チャールズ・ブコウスキーブコウスキー・ノート』


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