自転車を借りて雨中の鎌倉を行く

自転車


 8割仕事で鎌倉を行く。一日でたくさんの寺社仏閣、名所旧跡をまわる。自転車が好都合ではあるが、連れの人もおりレンタサイクルを使う。駅のすぐ近くにあるレンタサイクル屋、JRがやっている。
 11時ごろだったか。店の前には少しの行列ができていた。ほんのわずかな雨に人が減ったりもする。電動アシスト付き自転車も品目にはあったが、あいにく出払っていた。案内には「普通自転車」という項目もあったが、今は変速機付きしか貸していないという。

 三段変速のママチャリである。レンタサイクルというのだからよく整備されているものかと思ったら、案外甘い。ブレーキの効きは万全とは言えないし、音鳴りもひどい。また、タイヤの空気圧もすこし低すぎるのではないか。さらには、俺の自転車についてだが、漕いでいてサドルが右左にずれるのだ。工具など持ってきていないので締め直すこともできない。しかたないので、股に力を入れて漕ぎつつ修正する術を身につけた。

 とはいえ、観光地をぶらり巡るのであれば、たいしたスピードを出すわけでも出せるわけでもあるまい、ゆるくていいのだろう。だいたいカゴがついているのがすばらしい。カゴには荷物が入るからだ。

観光



 だいたい168枚写真を撮ったが、9割はこのような写真である。十数箇所の寺を回ったが、境内には入っていない。誰もがアジサイの写真を撮りに来たわけではない。そういう人間もいる。そういう人間は平日に来ればいいだろう。

 これは趣味だ。

あしなや

 ルートとしてはこうだ。まず鎌倉駅から下馬の四つ角へ。そこを左折しあちら側へ。またもどってきて鎌倉駅付近で飯。長谷の方へ。

 飯は駅近くの「あしなや」である。たまたま通りがかったからだ。メニューでサンマーメンを推している。ついでにサンマー丼なるものもある。俺はそちらを選んだ。米を入れたいときもある。
 見た目も味も実に普通である。酢を足して食う。店も店員のおばちゃんもすべて普通である。酢を足したところで布巾で拭き取るだけであろう。観光地らしさがない。同行者は素直にサンマーメンを選んだ。スープを一口もらうと、なにか普通に懐かしい味がした。みのり亭ではなく太太の味である。普通に麺にしておくべきだった。

ここに江ノ電

 それまでもパラパラと降ったりふらなかったりだったが、長谷に向かうころには雨足が強くなっていた。おまけに、たいへんな数の観光客である。みなアジサイを見に来たのだ。長谷寺を迂回し、御霊神社から極楽寺へ。
 途中、御霊神社の踏切に人だかりができている。

 カメラを構えたたくさんの人間が江ノ電を待ち構えている。踏切には江ノ電の社員がおり、とくに踏切内への立ち入りを注意するでもなく、観光案内や列車の時間の案内などをしている。もちろん列車がくれば注意を促す。

 ここに、江ノ電が来ればいいのだろうか。

極楽寺

 成就院から坂を登ると極楽寺の駅がある。俺は物心ついてから鎌倉で二十年以上暮らしていたが、極楽寺の駅に来るのははじめてだろうか。ここは津西の人間の行動範囲ではない。

 駅前はずいぶんの観光客でにぎわっていた。強くなりつつある雨がざわつきを強めているようだった。まったくいろいろの人間がいた。バックパックを背負った中高年、高いカメラを構える写真青年、白人の団体客。その中を地元民のレクサスがクラクションを鳴らしながらかき分けていく。そんな中に、美容院店員のような風体の男が『青い花』を読みふけっているのが気になった。俺はこの男に何か言うことがあったんだじゃないかと思ったが、かけるべき言葉が見つからなかった。
 雨でいっそう効かなくなったブレーキに四苦八苦しながら、鎌倉の駅に帰った。