はやぶさのカプセル(実物)を見に行ったこと

 湘南台はやぶさのカプセル(本物)が来ているので見に行く。湘南台の駅からはやぶさへの誘導の人などがおり、街ははやぶさ一色といった具合だった。大げさだ。そして、写真の場所、湘南台文化センターこども館。サイクリング中に何度か見たことがある不思議建物である。科学の夢、未来への前進。

 はやぶさカプセル見学には整理券配布という事前情報。はたして、行列もできていたし、整理券も配っている。とはいえ、スムーズにことは運んでいる。15分待ちの次回で入場できる。場内はそれほど大きくないスペース。入場者数を絞ってあるので余裕をもって見られる。
 60億kmの移動を経てきた物体とはどんなものであったか。なんというのだろう、正直に白状すれば、とりわけ深い感銘を受けたりはしなかった。大気圏降下を物語る、なまなましい傷跡のある背面ヒートシールドの質感、カプセル内部に残された、開発者の名前を記したという紙、「ほお」とは思う。思うが、やはりなんというのか、物(ぶつ)は物だなというところもある。パラシュートなどとてもきれいで、実際に使われたものとは思えない。やはりはやぶさはその物語にある。

 というわけで、全天周映画『HAYABUSA BACK TO THE EARTH』(帰還バージョン・ディレクターズカット版)というのを見ることにする。見学後、ちょうど次の上映だったがすでに売り切れている。その次の回を買う。500円。
 飯を食いに湘南台駅の方へ。あまり食べるところがない。バーガーキングに入り、ワッパーを食べる。ワッパーは大きい。ワッパージュニアはそれよりも少し小さい。ポテトが塩辛い。
 ダイエーに入る。知らない街のダイエーは好きだ。湘南台ダイエーは、節電のために暗くなっていた。計画停電されることもあるようだ。上の階のゲームコーナー、女が生まれて初めてプライズゲームで景品をとる。
 こども館に戻る。上映はプラネタリウムで行われる。新しいプラネタリウム、座席はリクライニング、倒して上映を待つ。頭の中で『海炭市叙景』『冷たい熱帯魚』がひとつづきになる。プロパンガス屋の息子が見た地球はザラザラしていただろうか。
 上映が始まる。驚異、想像以上の映像、映像というのか、体感というのか。宇宙空間でカメラがスイングすると、まるで自分の身が、いや、大きな座席全体がほんとうに動いているような気になる。これは『アバター』や『トロン:レガシー』なんて目じゃないぜ、という気になる。あの3D(立体視)に比べると、これが圧倒的だという気になる。全天周映画、これはすごい。未来の映画はこうなるんじゃないのか? ……いや、これで切り取れる世界は逆に狭い。宇宙だとか、イオンエンジンの内部であるとか。これで人間ドラマが見られるだろうか、あるいはポルノを。ポルノは一度見てみたいが、さて。ガンダムなどはどこかでこういうのをやっていたのだっけ。
 さて、そんなこんなで、暗い中で横になった俺はうとうとしてしまった。仕方ない話だ。気づいたらはやぶさイトカワについていた。ターゲットマーカーを落とす。そして、帰路、ピンチ。
 そこで俺は、ふと次の文言を不正確ながら思い浮かべる。

朝日 スラスターと中和器の位置がノミナルと変わるわけだが、推力方向が変化してしまうことはないのか。

國中 実際そういう現象も観測されている。ただし推力ベクトルの角度のずれは1°以内で、イオンエンジンの首を振るジンバルで修正可能な量。ビームのよれがおきるという現象は、宇宙プラズマ物理にとっても貴重な知見である。

はやぶさリンク:はやぶさ、帰還に向けてイオンエンジン再起動: 松浦晋也のL/D

 これがこの精細なCGアニメーションで見られるのか、と。……って、無理な話であった。どちらかというと人びとの願いが力になったサイコフレームの光につつまれて、はやぶさは地球に還ってくる。言うまでもないが、泣きそう。
 泣きそうになりながら、べつのリアルも頭をよぎる。はやぶさは、これだけ何重もの「こんなことがあろうかと」が用意され、これだけ長い旅を成功させたというのに、原発ときたら。いや、比べるべきものではないのだろうし、俺は宇宙工学も原子力発電所の構造もしらない。しらないが、科学に疎いぼんくらとしては、そんなふうに思わざるをえないのだ。はやぶさが、奇跡とも言える偶然をくぐり抜けてきたことを認めるにしても、そもそも原発に求められる安全性はそれ以上でなくてはならない。いや、それ以上どころか、本来は宇宙探索機と比べ物になってはいけないレベルで完全なものでなくてはならないはずだ。ここで言う完全とは、無謬の意味ではなく、何重もの「こんなこともあろうかと」を含むようなものだ。



 その後、湘南台から藤沢に歩く。白旗神社には初めて足を踏み入れる。

 遊行通りの聖智文庫に寄る。藤沢に勤めていたころはよく来た。ここほど好もしい古本屋というのはほかに知らない。ほとんどの本棚が完璧なように思える。いくらか興味を持っていた、フラウィウス・ヨセフスの本などもある。が、しかし、現在の経済事情から買える値段ではなかったのであきらめる。
 帰宅後、宇宙に意識が行ってしまったので、柳田國男は読みさしにして、積んであったアーサー・C・クラークを読み始める。ラジオをつけてみても、オーバーロードのカレルレンが現れて福島の原発問題を解決したという話は聞こえてこない。