『木洩れ日の家で死んだ方がマシ』

ワルシャワ郊外の緑に囲まれた木造の古い屋敷、その家で愛犬フィラデルフィアと静かに暮らす一人の女性アニェラ、91歳。

 91歳の女優が主役のポーランド映画で、白黒映画である。俺が自分で積極的に観たいという理由もないが、積極的に観たいという彼女のひとに誘われても観たくないということもない。というわけで、イセザキモールを延々と歩いてシネマ・ジャック・アンド・ベティに行った。前日に祖母を見舞ったのは偶然で、こちらの予定が先立った。で、映画館の客層はといえば相変わらず俺が最年少という具合であった。
 作品はといえば、わりかし笑えるし、毒もある。そんなに静かでもない。なにせ、原題は『死んだほうがマシ』という意味らしい。この邦題ではあまりにもなにかこう、印象が固定するので、中間をとって『木漏れ日の家で死んだほうがマシ』にしたほうがいいんじゃないのか? 単に足しただけじゃだめか。
 まあいい。やはりともかくこの主演のおばあさまがすげえ。なんというのか、動きが切れてるし、「91歳で演じていてすごいですね」的なエクスキューズというか、ハンデというか、そういう妥協の余地がない。でも、御年実年齢なのだから(あんまり女性の年齢のことを言うべきではないのかもしらんが)、単に居るだけも存在感がある。すごい。さらに、それに加えて犬好きならそうとうに参ってしまうかもしれない彼女の愛犬がずっと出てくる。鬼に金棒という感じである。まあ、俺としては胡桃を素手で割って食うデブの孫娘が印象に残ったが。握撃できるんじゃねえの?
 って、まあしかし、やはりそれでも握撃のシーンなどはないし、ゆっくり、じっくりという感じである。美しい白黒に、いい感じの音楽である。正直言えばうとうとしてしまう。それで、犬が吠えるとビクっとなって目を覚ます。いくらかその繰返しというところ。
 が、しかし、それこそ主人公の身を追体験しているとはいえないか? いくら元気いっぱいとはいえ、老いは老いだ。目もかすむし、気づいたら寝ていたりもするだろう。うとうとすることで、その境地になって見ているといっていいなんじゃないですか!?
 ……って、やっぱり寝たらだめだろうか。まあいい、それでも最後の方はけっこう目が離せないし。一回すかすところとか、ブランコのシーンとか。わりかしけっこう観てよかったというか、このあたりを映画館で観たというのもなにかしら悪くない気はする。屋敷もすげえかっこいいし。
 しかし、こういう老婆が独り暮らしだと子供から魔女呼ばわりされるというのは、世界共通かね。なにかこう、女性の巫覡性みたいなところとか、あるいは家族制度や村社会からの視点とか、いろいろありそうだが、まあよくわからん。ただ、男性老人一人だと魔……魔術師? と呼ばれたりはしなさそうというか。いや、ただ、マッドサイエンティストみたいなのはあるか。男が一人で悪魔性を身につけるには科学の助けが必要か。一方で、魔法少女は科学なしで魔女になる。飛行脚を作るのは男で、履くのが女ということか。でも、ねるねるねるねのババアは錬金術師っぽいか? なんの話だ。
 最後、どうでもいいけど、「おばあちゃん」と呼びかけるシーン、セリフの声も「おばーちゃーん」って言ってるようにしか聞こえないところがあって、あれは日本語とポーランド語の偶然だろうかなどと思った。おしまい。