サーニャをそんな目で見たくない人は読まない方がいいかもしんない『出撃!魔女飛行隊』

出撃!魔女飛行隊 (学研M文庫)

出撃!魔女飛行隊 (学研M文庫)

 みなの視線を集めた小柄なパイロットの軍服の上衣の胸はふくらみ、金髪は長目だった。拳銃のホルスターを下げた腰のベルトのあたりは見事にくびれていた。彼女は急いで上衣の裾を伸ばしながら椅子から立ち上がり、グレイの瞳の大きな目を細めて微笑しながら言った。
 「リリー・リトヴァク少尉であります。本日、この連隊に着任しました」

 第二次世界大戦時、ソ連には女性パイロットがいた……という知識は、なんでかわからんがわりと古くから知っていたような気がする。ただ、もちろん「スターリングラード白薔薇」のことを知ったのはすばらしい『ストライクウィッチーズ』のサーニャ経由であって、そのモデルの人物がどういう為人であったかなんていうのは、気になるところであって。

 と、その前に、この本の原著が出版されたのはソヴェート連邦健在の1982年であって、著者はイギリスのソ連大使館経由で生き証人、すなわち女性パイロットのインタビューをしたわけだ。というわけで、情報がやや古いんじゃないかとか(……って、今売ってるやつの表紙、おれの読んだのと違う。だから、訳者注かなんかで補足されてるかも)、当然のことながらソ連の検閲みたいなもんが入ってるんじゃねえかとか、そういう前提で読む必要があるわけで。となると、たとえばインタビューされる生き証人にはなれなかった、お目当てのリディア・ウラジーミロヴナの情報については、ひょっとすると上のウィキペディアの方が詳しいやもしれない。というか、出典情報までぜんぶでたらめなんてことがない限り、詳しいだろう。
 が、一方で、実際に戦友であった人たちからわりと率直に語られる(……って、上記執筆条件付きだけど)彼女はどんなふうだったかというと、本書をあたってもいいだろう。曰く、ともかくよく目立つ美人で、戦場でもわりと女性らしさを忘れないタイプだったとか、すぐに男性兵士たちを虜にしたとか……。かといって、すごい目立ちたがり屋じゃないし、女性同士からも嫌われることなんてなかった。そして、戦闘機に乗るために生まれてきたような技量を持っていた、と。
 上記ウィキペディアで紹介されているアーウィン・マニエール曹長(本書では名前は記されず、20機以上撃墜のベテラン、とかいう感じになっている)のエピソード。つまり、リトヴァクが撃墜したパイロットが、自分を落とした「男」に会わせてほしいと言ったときの話。マニエール曹長は彼女が出てきて馬鹿にされたと怒るんだが、リトヴァクは撃墜までの経緯を当事者にしかわからない精度で説明して納得させる。その様子を同僚はこう語る。

「連隊の同僚たちは、こんなに激しさを示したリリーを初めて見たのです。彼女の目は虎のように輝きました。彼女は楽しんでいたのです。彼女の闘志をむき出しにした姿を見て、彼女は危険な女性だ、と同僚たちは感じました。彼女が殺人者としての感覚を地上で現したのは、初めてのことでした。このドイツ人はリリーに軽侮の気持ちを見せたのが失敗でした。彼女はパイロットとしても激しく怒って、痛烈に相手を叩きのめしたのです。これは彼女の完璧な勝利でした」

 サーニャに虎のような、殺人者のような目で見られて、精神的に痛烈に叩きのめされたいです。
 ……いや、それはともかく、まあなんというか、絶賛だし、脳内で「サーニャはすごいんだぞ」ってエイラの声が聞こえてきそうなもんである。ちなみに、ウィキペディアによれば、彼女には捕虜になった疑惑があり、その後長い時を経て「1990年5月6日、ゴルバチョフ大統領によりリトヴァクの国葬が執行され、同時に彼女にはソ連邦英雄の称号が贈られた」とある。ソ連で捕虜疑惑とかなれば収容所送りか懲罰部隊行きみたいな話なんだろうけど、本書1982年のころには79年の遺体(らしきもの)発見もあって、リトヴァクの名誉回復して国威発揚だか対外イメージアップなりに使おうみたいな意図があったんだろうかなどと、まあ少し思ったりはするのだけれども。
 で、こっから先はエイラには聞かせたくない話になるが、そのリトヴァク、戦場で男性パイロットと恋に落ちるんだけど先に死なれ、さらには親友の女性飛行士の死なんかも重なって、死に場所を求めるような戦い方なっていく、みたいな。でも、最後の出撃のときにも、その操縦席には……とかいうのは泣ける話でもある。
 と、リディア・ウラジーミロヴナの話ばかりしてしまったが、本書は『魔女飛行隊』の話である。女性たちの話である。まあ、この呼名は敵方が夜間攻撃に晒されて名付けてみたら、本当に女性が乗っていたというところもあっておもしろいんだが。ともかく、赤軍女性パイロット群像というものであって、さまざまな女性の戦争が描かれている。生き残って戦場で芽生えた恋を成就させたものもいれば、不時着してドイツ兵に見つかって強姦されそうになったところを射殺して難を逃れたもの、あるいは強制収容所送りになってしまったもの、そしてもちろん、戦場で生命を落としたものも……。
 で、そもそもの発端が、この女性にあるという。

1941年6月22日に大祖国戦争独ソ戦)が開始された際には、マリーナ・ラスコーヴァは自身の航空分野での偉業で得たヨシフ・スターリンとの個人的関係と防衛人民委員会での立場を利用し、スターリンに対しすべての女性の戦争協力のための新編成部隊を召集するよう懇願した。この願いは、自分の祖国ロシアから敵を追放することを望む千ものソ連人女性の支持を受けた。

 まあ、この経緯はあんまり本書には書いてなかったんだけど、その「偉業」でソヴェートの女性たちに航空熱みたいなのが高まって、数千人の少女たちが飛行クラブに入ってグライダーやって、免許とって、飛行機を操縦できる人も少なくなかったとかいう。電撃戦で人手が足りなくなったあとに、「労農赤軍の戦いは数だから女性も使おう」ってジューコフが言ったから女性部隊ができたわけじゃない。なんつーか、そこんところは、他国とは違うのかな、とか。いや、バトル・オブ・ブリテンの地上勤務の女性の活躍や、フィンランドでもそうだったとか、そういうのはあるけど、やっぱ違うのかな、とか。
 それになんつうのか、ロシア女性といえば、ソフィア・ペロフスカヤにしろヴェーラ・ザスーリチにしろヴェーラ・フィグネルにしろなんつーか、強そうというか、その強さの結果もあって生まれたのがソヴェートだとすれば、まあそういう男女同権みたいな思想面でのなにかもあるんだろけれども、なんかありそうな感じはする。
 でもまあ、当時のレシプロ機はフライ・バイ・ワイヤどころか、パワステみたいなもんもないだろうし、腕力的な面で不利なのは否めなかったろうなとも。それで、たとえば爆撃機のペトリャコーフPe-2は双発機なんだけど、両方のプロペラが左回転だから離陸時に左に振れる癖があって、爆弾満載の状態だと操縦桿が重くなってパイロットだけじゃどうしようもなくて、航法士と2人がかりで引いたとかなんとか。そういうこともあろうし、男性兵士が女性の戦場進出を快く思わなかったというのもあるだろう。しかし、おれは大企業や役所みたいな大きな組織しらんから、正直言って実情はまったくわからんが、女性の社会進出とかについて今の日本は当時の労農赤軍並だな、みたいに思ったりもしたりして。……まあ、しかし、宣伝とか国威発揚的な面で利用された、というのも否めないだろう。リディア・リトヴァクも大々的に新聞で取り上げられた。それこそ、対するドイツの、アフリカの星のように。いや、ハンナ・ライチュと比べるのが妥当かどうか。
 で、「双発機は左右逆回転させて相殺させる設計もあるが」みたいなこと書いてあるから、さすがソ連機はいい加減だとか思ったら、二次大戦でちゃんと相殺させてたのはP-38ライトニングぐらいだってなんか本読みながらのiPhoneで読んだような気がするけど、ちょっとよくわかんない。
 あと、ソ連の飛行機は混戦になると上空で輪になってくるくる回る戦術をやってて、それを最近読んだどれかの本で(あるいはユーティライネンさんかもしれない)、スペインのなんたらって蔑称で馬鹿にしてたんだけど、その戦術とそれやめた話なんかも出てきたっけ。
 まあ、話が逸れたあたりでおしまい。
figma ストライクウィッチーズ サーニャ・V・リトヴャク (ノンスケールABS&PVC塗装済み可動フィギュア)
 武器の名前がカチューシャでなくフリーガーハマーなのは例の双子の妹の発明経由なんだろうけど、ストライカーユニットがYak1でないのはなんでだろ? ちなみに、女性飛行士は適性によってYak-1組(戦闘機、花形、一番人気、もちろんリトヴァクはここ)、Pe-2組(上記爆撃機)、ポリカールポフ Po-2組(夜間爆撃)に分けられたんだけど、サーニャー=夜間戦闘ということになると、複葉機のPo-2になってよくわからんことになるか。でも、本書でもPo-2で戦い抜いた女性パイロットが最後には愛着をもって愛機を語るあたりはよかったね。