サヴィンコフ『テロリスト群像』を読む

テロリスト群像〈上〉 (岩波現代文庫)

テロリスト群像〈上〉 (岩波現代文庫)

テロリスト群像〈下〉 (岩波現代文庫)

テロリスト群像〈下〉 (岩波現代文庫)

 『テロリスト群像』というタイトルなのだから、てっきり「ドーラ・ブリリアント」とか「ワシーリー・スリャチツキー」とか「エヴノ・アゼフ」とか、サヴィンコフ目線の社会革命党戦闘団の人名録みてえなもんかとおもいきや、第一章が「プレーヴェ暗殺」で、おれはまたプレーヴェが殺されるのを読まなければいけないのか、セルゲイ大公が殺されるのを読まなければならないのかと、ちょっとうんざりしてしまった。要するに飽きである。つまりはこれも社会革命党戦闘団の闘争史であり、それはもうロマン・グーリの『アゼーフ』とニコライェフスキーの『大スパイ』でけっこう読んだから、と。それで、執筆出版もアゼフのスパイ暴露直後なので「アゼフの件の総括と、これからのエス・エルにご期待ください」みたいな終り方をしていて(……出版時はボルシェヴィキが権力を握っており、「いかに社会革命党がアカンか」という序文がついていたらしい。でも、当のサヴィンコフが“正義の人びと”を描いた本書が出たあたり、偽装みたいななんかがあったんじゃないかって訳者解説にある。ちなみに、その序文は削除されとるけど、最後にでいいから参考として載っけておくべきじゃねえの?)、ちょっと気になるその後のサヴィンコフの戦いなんかについても知ることなんてできないのだ。
 しかも、それほどなんというか、小説家ロープシンでなくサヴィンコフのものというところもあって、テロリストの内心について滔々と述べたりはしちゃいないんだ。革命に殉じた同志についても、淡々と新聞記事や調書とかをコピペする感じで、逆にそこから想像してくれよ、感じてくれよっていうところでもある。
 無言のところから想像してくれよ、というのであれば、やはりエヴノ・アゼフに対する無言……当然戦闘団のナンバーワンにして親友なのだから無言でいられるわけではないのだが、最後アゼフに焦点が当てられるまでは、わりと積極的に描こうという感じは受けなかった。
 それでまあ、なんというか、おれはべつにそこまでこのね、エスエル戦闘団というものに肩入れするような心情の持ち主でもないというのははっきりさせておきたいところはある。というか、額面通り受け取りませんよ、と。むしろ興味があったのはアゼフだと。けどね、そのあとにソヴェート連邦がらみの話を読むに、まあ比較的よきものが敗れたと、そんな風に思わざるをえないところはある。あと、戦闘団の話しばっかり読んでるので、「アゼフの弟が参加していたっていうけど、そんなのアゼフ本にあったかな」とか、そんなんばかりであって、イデオロギー面についてはさっぱりしらん。まあ、テロに対する態度とか、ボルシェヴィキの面々の方がより強烈だったのは確かなんだろうが。
 というわけで、本当にどうでもいいけど気になったところだけメモしておく。

 1907年1月の初旬、わたしが住んでいたボーリエにイタリヤからアゼーフがやってきた。
 「いいニュースを持ってきたぞ。テロの問題は解決した。戦闘団は復活されるだろう」
 彼は次のようなことをわたしに語った。水雷と大砲の分野で独自の発明をして有名になったセルゲイ・ブハロとかいう男が、現在の飛行機のタイプとはなんの共通点もない飛行装置の設計に十年も取り組んできたが、今その装置の飛行問題を根本的に解決しつつある。難なく降下することができるし、相当の荷物をひきあげて最大時速140キロで動くことができる。ブハロは信念の点ではアナーキストに近いが、皇帝殺害を目的とするあらゆるテロ組織に自分の発明品を与える覚悟でいる。

 この飛行機発明に出資しないか話はアゼフ本のどっちかか、どちらにもか忘れたが、まあちらっと出た覚えはある。

 わたしはおとぎ話でも聞くように、アゼーフの話を聞いた。わたしはファルマンやデラグランジュやブレリオの実験を知っていたし、アメリカではライト兄弟が飛行において大きな成果をあげたことも知っていた。しかし、時速140キロを出し、好みの高さに大きな荷物をひきあげる機械は、実現できぬ夢のように思えた。

 とまあ、飛行機黎明期の黎明期の話なんだなぁと。でも、たとえば1909年7月にドーバー海峡を初めて渡ったブレリオXIにしたって、最大速度58 km/hとある(ソースはWikipedia)。同じく1909年に設計されたファルマンIIIだって時速60キロ、第一次大戦で赤男爵が乗ったアルバトロスD IIIでようやく175 km/hとある(……このあたり、iPhoneアプリの「飛行機クイズ」なるWikipediaがほとんど元になってる雑だけどわりとハマるやつでちらちら興味あるだけだけど)。この時期にそんなスピードと積載量? がありゃ、皇帝暗殺どころか、しばらくはロシア軍最強じゃねえか(……といえるほど航空開発のスピードは甘くないか)みたいな話で。それで、なんかアゼフのつくり話かなんかだろうと思っていたら……まあ、アゼフが技師であったこともあって、二万ルーブリ集める話になるんだけど。ちなみに、その前にアゼフがサヴィンコフに「暗殺に必要だから自動車買っとけ」って与えたのがニ千ルーブリ、映画『二百三高地』冒頭で処刑される日本の密偵が「ポケットの中にある金をロシアの赤十字に寄付してほしいって言った額が千ルーブリだったかな。まあいい、サヴィンコフが当のブハロの工場を訪ねるシーンが出てきておどろいた。

 わたしはミュンヘン近くのモッサフにブハーロの仕事場を訪ねた。わたしは、旋盤の向こうに、まだそう老いていない、四十歳くらいの眼鏡をかけた男をみつけた。眼鏡の奥からは灰色の賢そうな目が光っていた。

……アントワネット工場の小さいモーターの方へ近づきながら、彼はシリンダーを手で叩いていった。
 「これを運んでこれて、うれしかったですよ。これには魂がある。そう思いましたね。もっとも今はこれと一緒に暮らしてみて、ただの鉄塊だってことがわかりましたがね。自分で磨かにゃならんのですから……」
 彼は、図面や複雑な数学的計算についてはいうまでもなく、鉄片や機械部品や計算尺に対しても、まるで生き物を扱うような態度をとった。彼の一言一言から、自分の機械に対する信頼と根強い愛着が感じられた。

わたしはミュンヘンを去るにあたって、彼の発明に関してはともかくも、彼の人物に対する完全な信頼を抱いていた。

 って、結局ブハロの飛行機は技術的問題に突き当たって時間がかかるとか出てきて、それでおしまいなんだけど。つーか、サヴィンコフさん、あんまり人を信じ過ぎない方が……。しかしまあ、飛行機黎明期、このブハロさんがじっさいどんなもんかしらんけど、いろんな技師たちがいろんなもんにチャレンジしたんだろうな、などとわりと戦闘団と遠い方へ想像が飛び立っていっておしまい。

>゜))彡>゜))彡

……手元にないから比べられないけど、サヴィンコフの回想をうまく小説に料理したなって気がする。