中公文庫『日本の詩歌3』から高浜虚子をいくつか

 おれが俳句というものに興味を持つとすれば、次の一句に尽きる。

虚子一人銀河と共に西へ行く

 どこで初めて目にしたか覚えておらん。覚えておらんが、俳句というこの短い言葉の中に、全宇宙のスケールのあることにえらく打たれたのだ。

野村秋介獄中句集『銀河蒼茫』を読む - 関内関外日記(跡地)

 とまで書いておいて、高浜虚子の句集を読んでいなかった。といって借りてみたのが正岡子規伊藤左千夫長塚節河東碧梧桐といった国語の教科書で見ない名はないビッグネームと一緒になった文庫本なのだからしかたない。
 とはいえ、おれが壮大なスケールを勝手に感じた句にもある「虚子」の号の由来が、正岡子規に「おまえ清だから虚子ってのおもしろくね?」(意訳)で決まったと知ったがっかりとで貸し借りなしだ。何の話だ?

天の川のもとに天智天皇と虚子と

 で、いくつかメモる。が、正直言って、あんまりおれの好きな銀河系のは少ないというか、そういう方面の作風じゃないみたいじゃん、という。で、これは天智天皇ゆかりの地で詠んだものらしい。じつはこれ、元はこうだったらしい。

天の川のもとに天智天皇と臣虚子と

 文庫の解説の加藤楸邨もこれを取り上げていて、「臣」ついてた方がロマンあるんじゃねえかとか言ってて、おれも同感。消した理由はどういう方向のご時世の問題か知らんが、あった方がリズムもいいし、時代を飛び越える幻想がある。「臣」ひとつ取っただけでそげぶることこの上ない。おれもそう思う。

人形まだ生きて動かず傀儡師

 これはなんということもないのだけれども、『攻殻機動隊』っぽいSFとかの電脳こじゃれ引用会話で使えそう、とか思っただけ。

 浴衣着て少女の乳房高からず

 これはなんということもないのだけれども、『(思いつかないので各自入れよ)』っぽいロリマンガとかのこじゃれ引用会話で使えそう、とか思っただけ。つーか、ねえよそんなの。

 春の浜大いなる輪が画いてある

 なんとなくありそうな感じ、ちょっとシュールレアリスムの香もする。あと、春を夏、秋、冬にそれぞれ替えてみると(そんな想像していいのかどうかなんてしらんわ)、夏だと途端にロマンポルノっぽさが思い浮かぶ。理由はわからん。秋というと、人のいなくなった海岸っぽさか? 冬も絵になる感じはある。けれども、やはり春がいちばんなにか有りげな広がりがあるようにも思う。無論、俳句というやつは先に春の浜ありきであって、「いや、これは夏のほうがいいよ」と変えるもんじゃないのだろうけれども(そういう流派があっても驚きはしないが)。

 流れ行く大根の葉の早さかな

 どうもこれが「『ホトトギス』流の写生句の代表」らしい。これを見て言葉にするところに精神の空白状態があるゆえにすげえんだ、というところらしい。そう言われてしまうと、銀河だのなんだの壮大な言葉に惹かれる自分が安っぽくも思えるが、まあ安い人間には安い人間のための、身の丈にあった言葉があればよい。

 病にも色あらば黄や春の風邪

 発想が面白い。リズムはよくわからん。というか、技法とかさっぱり知りませんので。で、またこれを春夏秋冬だのに入れかえてみたり、黄色を赤や青や緑や黒にかえてみるなど時間は潰せる。プログラマならジェネレータとか作るかもしれない。

 虫螻蛄と侮られつつ生を享く

 ルビがないとまず「むしけら」が読めないおれとしては、自虐気分に浸れる一句といえる。

 わが足にからまる一葉大いなり

 これはなんか好きだね。秋の天気の良い日、ちょっとどっかに出かけて、ホオノキとか言ったらでかすぎるけど、町中じゃあんまり見ないような立派な落葉が風に乗って飛んできて、みたいな。悪くない。

 春雨のかくまで暗くなるものか

 たまたま春雨で外の暗そうなときに読んだ。虚子もそんなときに詠んだんだろうか? それだけ。

 常寂光浄土に落葉敷きつめて

 系統としては「西へ行く」と同じやもしらんが、落葉ならさっきの「わが足に」の方が好みなので、おれ趣味も一貫していない。ただおれは「寂光」という言葉は好きだ。それもすごく。

 やはらかき餅の如くに冬日かな

 『たまこまーけっと』観てて思うんだけど、餅屋ってなに作ってんのかいまいちわかんねーや、おれ。というか、餅は餅屋っていうけど、それはサトウの切り餅みたいなのじゃなくて。つーか、それだと正月以外開店休業じゃん。で、「餅屋」で検索してみたら、18禁サイトが一番上に出てきたので、餅のことはもう放っておくことにした。チョイさまかわいい。

 去年今年貫く棒の如きもの

 あー、これ見覚えある。たぶん、鈴木大拙の随筆じゃねえかな。おれはこの棒、寺の鐘をつくああいうのより、さらにデカくて太いのを想像するのだけれど、さてどうだろうか。

 と、まあこんなところで。というか、他の人たちのは? というと一応目を通して、河東碧梧桐(中学、高校のころの国語教師が碧梧桐の門下生だった。友人数人と普通にくっちゃべってたら、いきなり近づいてきておれにだけ「魂を入れ替えろ!」と言って去っていった。あまりに異様な感じがして、いまだに思い出す。替えの魂はAmazonで売ってますかね?)の「ものうくて二食になりぬ冬籠」、「空をはさむ蟹死にをるや雲の峰」なんていう句とかいいなとか思ったけど、とりあえずキヨシ、もとい虚子ってことで。おしまい。

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俳句への道 (岩波文庫)

俳句への道 (岩波文庫)

俳句の作りよう (角川ソフィア文庫)

俳句の作りよう (角川ソフィア文庫)

……はっきり言って、冒頭の一句のみ好きなのであって、人物像まで知りたいかというと、逆に知りたくないようなところもある。勝手な話ですけれども。