伊藤計劃『ハーモニー』を読む

ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)

ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)

ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)

ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)

(……二つ出てきたから新しい方を選んだら、Kindle版でやんの。はてなさん、商品挿入のところからだとわからんのですが、これはAmazonのせいですかね?)
 ずいぶんな話題作だったし『虐殺器官』も『メタルギア』のやつもおもしろかった。が、おれはなぜかわからないが話題の本に飛びつく癖もなく、また、これを読んでしまえば伊藤計劃の長編単著は終わってしまうというもったいなさから読んでいなかった。
 電脳がネットワークを形作り、人間の意識を……というのは『攻殻機動隊』でもなんでもいいが、ありがちといっていいかもしれない。一方で、この『ハーモニー』は身体の健康管理によるネットワークがベースにある。その着眼点がおもしろくもあり、また著者の境遇から出たところであればすこし悲しいとも言えるか。
 おれはこの本を読みながら、なんとなく田村隆一の「立棺」という詩(http://web1.kcn.jp/tkia/trp/022.html)が頭に浮かんでいた。ただ好きな詩というだけであって、これがなんの詩なのか説明はできない。ゆえに『ハーモニー』とのいかなる関連をも語れぬが。

われわれには毒がない
われわれにはわれわれを癒すべき毒がない

 マークアップされる感情というものがあったとして(表紙のタグが閉じられてないのはわざとかしらん)、おれだったら金持ちをすべてぶち殺してやりたいというものがある。いや、あった。ジプレキサという脳に効く薬を飲み始めてから、他害の感情というものがきれいにパージされてしまった。もっぱら自死のことばかり考えている。正確ではないかもしれない。ラピッド・サイクラーというのが近いか。ただ、おれの意識のベースは抑うつ的だ。いつでも、だいたい。
 人間の意識とはなんぞ。よくわからない。よくわからないが、おれはとくに脳を特別なものだと思いはしない。所詮は筋肉や臓物と変わらないという思いは昔からあった。たとえば、アロチノロール塩酸塩など、血圧をどうにかする方から逆算して不安心を取り除こうという意図で処方されている。好きな薬だが、最近の不安心はいくら強いベンゾジアゼピンを食っても取り除かれないのだが。
 『ハーモニー』の主題とされるところのユートピアあるいはディストピア論と離れたところで、おれは一つのユートピアを見る。限られた世界の管理されたものであろうがなんであろうが、生きていていい。子供も大人も有益なリソースだという前提が、ある。おれのようなきちがいの役立たずにも衣食住の不安がなさそうだ(似たようなところでいえば、アニメ『サイコパス』で「いまどき無職なんているんですか?」だな。続編やるんだっけ?)。それだけが救いだ。もっとも、救いのなさそうな世界も描かれているが。
 まあ、フィクションの中の救いが現実に反映されることなどない。いや、あるのかもしれないが、たとえば金に困っていて生活がままならないのを金で救ってはくれやしないのだけれど。まったく、おかしな話だ。有益な伊藤計劃が死に、無益なおれが生きている。脳はおかしいが、身体という点では血液検査など健康そのものといったあんばいだ。いくらか死ぬのがもったいないと思うことすらある。しかし、世の中そう甘くもないだろう。
 小難しいことはよくわからないので、おれに書ける感想文はこのくらいのものだ。狗子仏性とか適当なことは書く気にもなれない。いずれにせよ、著者の死は惜しいとあらためて思える。無駄のない構築、この切れのよさというのはなかなかにない。一方で、どこかユーモアがある。サービス精神がある。どこのどの部分とは言えぬが、そういう印象がある。そんなところだ。
>゜))彡>゜))彡>゜))彡

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

屍者の帝国

屍者の帝国

……これも近いうちに読んでみるか。