追憶のアンパンマン

それいけ!アンパンマン」などの漫画や「手のひらを太陽に」の作詞で知られる漫画家のやなせたかしさんが13日に心不全のため東京都内の病院で亡くなりました。
94歳でした。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131015/k10015283981000.html

 おれの中で相当に古い記憶。アンパンマンの紙芝居。その頃のおまえは幼稚園児。紙芝居の時間。開始前、順番に「今回どの紙芝居を読むのか」を選ぶ係が選ばれる。先生に教員室に連れられていく。普段は立ち入ることのできない場所。たくさんの『アンパンマン』の紙芝居がある。その中から一つ、選ぶ。もちろん、先週読んだもの、あるいは前に読んだものは分けられていたかもしれない。それでも、いくつかの『アンパンマン』の中から一つ選ぶ。おまえが選ぶのだ。おまえが選んだものが、その後の教室で先生によって演じられる。その時間、おまえの『アンパンマン』が教室を支配する。
 それは、幼心に、どこか誇らしい気持を抱かせるものだった。おれにはその記憶がある。先生に連れられ、ふだんは立ち入れぬ教員室に入る、そのことすら誇らしい気持だった。なにか特別なものになったような気になった。おれには、読み聞かせられる『アンパンマン』の内容なんて、正直言ってどうでもよかった。
 今、おれはあのころのおまえに言ってやりたい。園児に言うたところで無駄と思うが言うてやりたい。おまえのその心は媚びへつらいだ、権威への一体感からくる誤った陶酔感だ、と。
 そしてさらに加えて言ってやろう。その陶酔感を抱きたければ、きちんとそれに徹しろ、と。努力して教師の方を向け。褒められろ。同時に、友人を見下すな、ちゃんとした友だちになれ、持続させることをあきらめるな。友情をはぐくめ。どちらもおまえの脳には困難だろうが、せめて、そのどちらかに徹するんだ。そうすれば、いくらかマシな人生を送れるだろう。
 そうだ、よく考えろ、ただ順番に選ばれれるというだけの当番にすぎないんだ。なのに、なにか自分は特別なものだと感じてしまった。そのおまえの思い違い、思いあがり。似たような意識が、その後いくどもあらわれ、その後のすべての段階で、おまえを駄目な方、駄目な方へと向かわせる。
 そしておまえは愛も勇気とも無縁で海の底に沈んでいく。おれはそのことを知っている。しかし、おまえに伝える手段はない。おまえはアホ面さげて『アンパンマン』の紙芝居を見入ってる。だが、その中身は、メッセージは、なんにもわかっちゃいなかったんだ。

時は早く過ぎる 光る星は消える
だから君は行くんだ微笑んで