『ゼロ・グラビティ』のどこが面白いの? って


 本年最後の映画館での映画鑑賞になろう。予告編は見ており、それなりの興味はあったが、「観るほどのものかどうか」というあたりだった。だった、のだが、ネット上でちらほら見かける映画の目利きらしき人らが絶賛しているのを知り、「ならば映画館で見なくてはいけないタイプゆえ、映画館で見なくては」と思った次第。
 で、いきなり結論。とりあえず映画館で、できれば3Dのできるだけよい環境で観なくては話にならないのではないか、と。そう思う。そう思った上で、どこが面白いの? と考える。これがいまいちよくわからない。要するに、後をひかない。少なくとも、おれにはそうだった。あんたにはどうかわからない。おれには似たような題材を扱った山本直樹の短編「ひどいやつらは皆殺し2001」の方がおもしろいように思えたが、比べてよいものかもわからない。
 ただ、これも『パシフィック・リム』のように軸のぶれてない映画だな、という印象は受けた。それ以上の、哲学的な印象、深い部分に心が誘われるかというと、そういうことはなかった。おれにはなかった。おれにはもっと宇宙の静寂が、遊星の孤独が、そんなものが欲しかった。宇宙の情緒が。人間の情緒、ドラマじゃなくてね。このあたりは、好みだろう。
 『プライベート・ライアン』が戦争映画のハードルを一段上げた、かどうかはよくわからない。が、もしそうであれば、この映画が宇宙描写のハードルを一段上げた、と言えそうな気はする。言うほどSF映画を観てきたわけではないけれども。
 陳腐さの排除には好感が持てた。奇想天外なことは途中で起こらない。ラストでじいさんと犬が通りがかったりはしない。そこは悪くない。
 あとはひたすらの……パニック? パニックを乗り越える人間の意志? 死と再生? まあどうでもいいだろう。どんなふうにして撮ったんだという映像に夢中になる。だが、それだけだ。それだけなのがいいといえばいいし、悪いといえば悪いかもしれない。そもそも映画を観るというのはどういうことなのか。あとから語れることが多ければそれでいいのか。それとも、スクリーンに釘付けになればそれでいいのか。じゃあ『ゼロ・グラビティ』のどこが面白いの? いや、全般的に。 
 どうも評価というか、感想に困る。「あのシーンが!」という一瞬があったかどうか。ここまできてそういう死に方をするのも面白い、とかは思ったが。まあいい、なにかこう、デブリのようにすごい速さで飛んできて、どっかへ飛び去ってしまった。そんなのが、おれに言えるせいぜいの感想だ。おれという映画受容体、あるいは宇宙受容体というのは、せいぜいそんなものだと再確認した。

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