中学だったか高校だったか、世界史の授業で「オーストリア=ハンガリー二重帝国」という単語を知ったとき、おれの頭のなかにはどれだけの妄想が広がったことだろう。二重の政府があり、二重の人間が、二重の身分で、二重の生活をしている……。そんな話は高橋源一郎かボルヘスも書いていたように思う。ともかく、おれはカルヴィーノの『見えない都市』のマルコ・ポーロになって、その都市のことをだれかに報告したくなったものだった。
- 作者: チャイナ・ミエヴィル,日暮 雅通
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2011/12/20
- メディア: 文庫
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ふたつの都市国家“ベジェル”と“ウル・コーマ”は、欧州において地理的にほぼ同じ位置を占めるモザイク状に組み合わさった特殊な領土を有していた。ベジェル警察のティアドール・ボルル警部補は、二国間で起こった不可解な殺人事件を追ううちに、封印された歴史に足を踏み入れていく…。ディック‐カフカ的異世界を構築し、ヒューゴー賞、世界幻想文学大賞をはじめ、SF/ファンタジイ主要各賞を独占した驚愕の小説。
さて、『都市と都市』である。おれは新しいSF、新し本、いや、そもそも時流の全体に疎いから、チャイナ・ミエヴィルの名前も知らなかった。ただ、本屋でそのタイトルと、表紙に5つくらい刷り込まれた受賞歴を見て、思わず買ったものである。おれは「なんとか賞」をとった作品に外れは少ないと感じる人間である。その上、ディック的とくれば、読んでみたいと思うわけである。おれはずいぶん久しぶりに本を借りずに買った。ちなみにおれはカフカを知らない。
して、本作もある種の二重都市が舞台……あるいは主役である。それはおれが上に妄想した幻の「オーストリア=ハンガリー二重帝国」とはちと違う。というか、おれの妄想は曖昧模糊としていてよくわからない。一方で、このべジェルとウル・コーマの設定は綿密で実務的なところがある。設定の強度に大変なものがある。そりゃあなにかあらを探せばあるんだろうけれども、「こういう都市なのである」というディテールの膂力がある。人々がどのようにして相手都市を〈見ない〉(unsee)ように訓練されるのか。外国からの旅行者や難民はどう扱われるのか……。あるいは、主人公はべジェルからウル・コーマへ派遣される。
確かにそうだ。私はダットが示すものを見た。もちろん〈見ない〉ようにはしていても総体局所的に通りかかる見慣れた場所に、気づかないわけにはいかなかった。いつも通っているおなじみの道がまったく別の街であり、たった今通り過ぎたばかりの、足しげく通っているカフェが別の国にある。それらは今、背景に沈み、自国にいたときのウル・コーマと同じ程度の存在感しかなかった。私は、はっとした。自分は今、べジェルを見ていない。それがどんなようすだったか覚えていない。思い浮かべようとしたが、だめだった。私はウル・コーマを見ているのだ。
その先に幻想とSFとファンタジーがある。と、言いたいところだが、こいつは、まずミステリーだぜ。ミステリー小説だ。ハードボイルド・ワンダーランドだ。そこが面白い。われわれからすれば奇妙な舞台で、大まじめに現代の普通の警察官たちが普通の技術でもって事件解決に向かっていく。同時に、奇妙な舞台のさらに奇妙な部分に向かっていく。アクロバティック。だけど、グイグイと引っ張り込む力があって、wikipedia:チャイナ・ミエヴィルに載ってる写真の腕力を感じざるをえない。
というわけで、こいつはなかなかおもしろいもんを読んだな、というところ。おれはどちらかといえばサイバーパンク、ハードSFの方が好きだし、ハードボイルドというよりノワールという黒さが好きなのだ。だけれどもしかし、ミエヴィルはもうちょい読んでみようと思った次第。おしまい。
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