おれが信じられないおれを信じろ-『「ニセ医学」に騙されないために』を読む

「ニセ医学」に騙されないために   危険な反医療論や治療法、健康法から身を守る!

「ニセ医学」に騙されないために 危険な反医療論や治療法、健康法から身を守る!

 

さいきん、三木成夫の本などを読んでいる。そしてその三木成夫に影響を受けた吉本隆明の本なども読んでいる。それらが書かれた時代というのもあるだろうし、独自の発想や、思想というものもあるだろう。だからこそおもしろいのだけれど、そこにどっぷりつかってしまうのもどうかと思うところはある。おれは双極性障害の双極の真ん中に立つ、バランスのいい男である(ということにしておいてくれ)。

というわけで、バランスを保つためにNATROM先生の本を読んだ。日本で流行っている主な「ニセ医学」を片っ端から取り上げて、スパッ、スパッと手際よくさばいていく。お医者さんならではの慈しみの心と、科学者のメスでもってさばいていく。一気に読めてしまった。むろん、はてな界隈にはこの手の話題が多く、おれが読みやすい知識(と呼べるかどうかわからないもの)を持っていたというのもある。

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しかしなんだろうか、現代のスタンダードな医学を否定して、奇抜というかデタラメな物、ニセモノに走って行ってしまう心情。いや、これはこの本でも再三出てきているが、人は病むと本来その人が持っていたであろう判断能力も病んでしまう。あるいは、もうどうしようもない客観的な事実から、一縷の望みをなにかに頼ってしまう。人間はそんなに強くない。おれも若いころ、「瀉血」と称して自傷行為をしていたことを告白しよう。すごく目立たないところを切っていたから、傷跡を見つけるのも困難だが。

おれだってできればいつだってクリアでクレバーな判断をしたいと思うけれど、おれはおれがいつだってクリアでクレバーであるという自信がないという自信がある。そして、おれは密かにその自らへの不信という名の自信こそが大切なんじゃないかと思っている。

自分の信じたくなるようなものなど信じられない。だったら世の中のだいたいよいとされているものにゆだねてしまうのが楽だ。これである。そしておれはオランザピンを飲み脳の調子を整え、アロチノール塩酸塩を飲み心臓の調子を整え、トリメブチンマレイン酸塩で腹の調子を整えている。盤珪禅師によれば不生の仏心ですべてが整っているが、おれは錠剤で整っているのである。むろん、今後さらに医学が進むことによって、オランザピンなんかプラシーボ程度だということが明らかになるかもしれないが、今のところ、おれはこれらによってマシなコンディションを保っていると信じている。そして、どこかで疑っている。

まあ、おれはこんなところである。

ふと思い出すことがある。インシュリン注射が必要なほど糖尿病が悪化しているのに、あらゆる医療行為を拒み、なんか本を読んでかじった程度の、なんらかの食餌療法のみで生きている老人のことである。その老人があらゆる医療行為を拒む、というか拒まざるをえなくなったのは、狂気的な医者不信によって、どんな医者とも関係が悪くなり、怒鳴りつけて二度とその病院に顔を出せなくなってしまうからである。また、その狂気的な自尊心の高さから、特定の「ニセ医学」だの「宗教」だのに走ることもできない。だから、適当な本(まあ「ニセ医学」の本だろうが)を読み、頑迷な食事制限を己に課して、なんの検査もせず体調がよいなどとうそぶいている。実に愚かで迷惑な人間だと思う。まあ、おれの父のことなのだが、周りにもっと迷惑をかける前に死んでしまえばいいのにと思うのが正直なところではある。