わいせつカー工場の町

アメリカの片田舎を絵に描いた。絵の中に私はいた。そんな気になった。その小さな町のはずれに、やはり小さな工場はあった。「ハイ・オン・ディーゼル&ガソリン・モーターズ」と看板にあった。工員が古いビュイックの下に潜り込んでなにか作業をしている。

「こんにちは。お仕事中すみません、"魂の駆動体"についてお話を伺いたいのですが」と言う。

老人がビュイックの下から台車を滑らして出てきた。頑固そうな白人の老人だった。

「ちょうど休憩にしようとしたところだ。奥の事務所へ行こう」

そして、私ははるばる太平洋をわたり、カーの話、猥褻カーの話を聞くことができたのだった……。

 

「あれは……デトロイトの連中がおたくの国のカーをハンマーで叩き壊しているころだったか。あんた、どんなに怒っていても、カーに関わる人間が、カーにあんなことしちゃあいけねえよ。ま、そんなときにおれは思ったんだ。この国の人間が日本のカーを選ぶんだったら、ひとつそれを作ってる国を見てみなきゃ話にならねえってな。金をかき集めて、おれは日本に行ったんだ。そうして、ホッカイドウの果てで中古のカローラを買ってな、南の果てまで旅をすることにしたんだ。ずいぶん年季の入ったカーだったが、なに、おれには修理の腕がある。けどな、結局、オキナワまで行く間、給油以外ほとんどなにもする必要がなかったな。ホンダサン、トヨタサン、マツダサン、ニッサン、日本の技術者のスピリットってもんを感じたな……」

 

「人間も親切だったよ。旅の途中でしばらく女性の集団と出会って、何日か同行したんだが、美味しい豆をくれたよ。なんでも彼女らの出身地のオマーンの特産物らしいな。日本にはオマーン人が多いのかい? 日本人と区別はつかなかったが」

 

「もちろん、おれの目的は日本車を見るばかりじゃなかった。まあ、あんたならわかるだろ、こっちの世界の人間だものな。人間ていうのは古来からな、人間以外と交わることを追い求めていたんだ。これはおれの持論だがな、ケンタウロスっているだろう。あれを"騎馬民族を初めて見た人間が一体の動物と見まちがえた"なんて起源がまことしやかに語るやつもいるが……プリウス、いや、プリニウスか?……まあいい、違うんだ。あれは馬と交わった人間が、ああいう子供が生まれることを願って生まれたのさ。それで今は……今のところはカーの時代だ。子供向けの『トランスフォーマー』だって根っこのところは同じさ。人間は車とやりたがってる。そして、その子供を欲しがってるってことだ。『トランスフォーマー』、なかなかいい名前じゃないか」

 

「話が逸れちまったな。そうだ、おれは日本の技術者……もちろん、その道の技術者にも密かに会った。都会の片隅だったり、山奥だったりした。やつらも尊敬できるプロだった。自動車の振動、ガスの香り、なんていうのかな、職人スキン? ともかくそういうやつらだった。寡黙に、わいせつカー改造に取り組んでいた。なるほど、この国の車がステーツを席巻するわけだって思ったな」

 

「そこで学んだことは、このファイルにすべて書き込んである。ぜひ持って帰ってくれ。もうこの国には必要ないものかもしれない。昔ながらの化石燃料を使ったカーは化石になりつつある。なんでも電気自動車ってやつの時代になるらしい。もうおれの手にはおえないな。古いカーを直すくらいだ。それに、排ガスなしじゃ生きていけないやつらもいる。わかるだろ?」

 

「そういえば、うちの倅も電気自動車を普及させるって、EVだかなんだかの研究に打ち込んでいたな。なんでも、電気でナニに刺激を与えるっていうんだ。"自分の手すら問題にならないカーだぜ"とか言ってたな。だから会社の名前をおたくの国の言葉からとって"テスラ"にするとかなんとか……」

 

私は老人からファイルを受け取ると、絵に描いたようなアメリカの片田舎をあとにした。そこには、すでに失われている職人たちの叡智が詰め込まれていた。実現していないアイディアが散りばめられていた。

私は日本に帰る。日本に帰って私の町工場に戻る。私はよりよい改造をするようになる。そう、私の帰りを待っている、たくさんの愛好者たちのために……。

 

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車の排気口に挿入…女性より機械に萌える異常心理

 

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