地べたより下の世界から ポン・ジュノ監督『パラサイト 半地下の家族』を観る

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おれは常々、ネットに言葉を放つときに心がけていることがある。それは「地べたからの視線であれ」ということだ。おれがおれ以上のものであるふりをしてものを言っては、あまりよくない。あくまでおれの地べたからものを言え、ということだ。

おれの地べた。それはこの社会の底ということを意味しない。おれより低い地べたに這いつくばっている人間もいるだろう。あるいは、おれより上にいながらも、おれよりも「ここが地べただ」と信じている人間もいるかもしれない。だから、おれの地べたはおれの地べたで、誰かと比べられるものではないと思っている。おれにとっての、おれの地べた。この世の人間に客観的な高低をつけることができるかどうかはしらない。ただ、おれの地べたはわりと低いほうだろうとは思っている。アフリカの最貧国のだれかと比べたりはしない。おれの社会は、おれがたぶん一生外に出ることのない日本という国に限られ、おれにはおれの人生経験しかないから、そこからはかるしかないのだから。

というわけで、おれはおれを「地べたの人間」と思って生きているのだが(おそらく客観的に地べたではないという謗りを受けることだろうが)、この映画のタイトルはその下を来た。「半地下の家族」だ。おれはおれを地べたと思ってきたが、半地下ときた。これにはまいる。まいったので、観てきた。劇場は「空席を除けばほぼ満席」というどころではなく、わりと大きいスクリーンが見渡す限りでは満席というくらいであった。カンヌの威力か、前評判が高いのか、監督の実績か、テーマの切実さか。

映画『パラサイト 半地下の家族』オフィシャルサイト


第72回カンヌ国際映画祭で最高賞!『パラサイト 半地下の家族』予告編

 

※以下、できるだけネタバレはしないつもりですが(自分がネタバレに接するのが嫌いなため)、あるていど話の中身について語ってしまう可能性があります。

 

で、『パラサイト』である。半地下に住み、隣人だか上階だかのWi-Fiにただ乗りしているような一家(ケン・ローチの『家族を想うとき』でもスマートフォンは必須であった。今どき、最低限のインフラといえよう。そしてスマートフォンは本作において欠かせないアイテムでもある)。その長男が、大学生の友人から大金持ちの女子高生の家庭教師の代役を紹介される。家庭教師として採用された長男は、今度は大金持ちの幼い息子の美術教師として、他人のふりをして長女を紹介する。そのようにして、一家すべてが大金持ちの家に寄生(パラサイト)していくが……。

というお話。「していくが」の「が」のあとは語れない。ええ、そんなん、あるん? ときて、クライマックスのカタルシス、ラストの余韻。ともかう、半地下の家族が金持ち一家に取り入っていくさまから、スリリングな展開があって、もうなんというか、目が話せない。ものすごいアクションシーンがあるわけでもないし、お涙頂戴のシーンががあるわけでもない。ときおり笑い声が起こるコメディ、そこからの展開。

そして、なんといってもソン・ガンホの顔よな。おれは日本人だろうとアメリカ人だろうとなんだろうと人の顔と名前を覚えるのは苦手だが、ソン・ガンホの顔と名前は覚えた。それでも、この作品におけるソン・ガンホは、半地下の家族の家長であり、また、一人の半地下を生きる人間であった。見事としかいいようがない。そういう意味では、やはり配役すべてがビシッときていて(もちろん、おれはほとんど韓国の俳優などしらないのだけれど)、たとえば「シンプルな」金持ちの奥さんなんか、本当にそうとしか見えないのだし。そして、夫とのラブシーンはえらくエロいのだし(それはどうでもいいか)。

ともかく、演者が役にピタッとはまっていて、それがそれぞれに躍動する。それはときにコミカルであり、そして……ということになる。「映画館で観るタイプの映画?」という声もあるかもしれない(というのはおれの声であって、SFやアクション大作は大スクリーンで観た方がよく、人間ドラマはべつに自宅でもいいじゃないか、という発想)が、これは一刻もはやく映画館で観たほうがいい。

【ポン・ジュノ監督インタビュー】『パラサイト 半地下の家族』で描いた現代社会の格差とは? | GOETHE[ゲーテ] |男性月刊誌『GOETHE』発のWebメディア

描きたいのは、あくまでも人間の姿。ある特定のテーマから物語を逆算するわけではありません。ただ、現在の資本主義を生きているクリエイターなら、自分たちの社会が直面している格差の問題は、どうしても通らざるをえない。むしろストーリーに反映されない方が不自然だとも思います。

ポン・ジュノ監督はこう語る。おれは、映画を観終えて、この発言に納得がいった。まず人間の姿ありき、アイディアありき。それゆえに、この映画は飽きさせないし、スクリーンで観る価値がある。「資本主義の格差」というのはもちろんある。それがテーマであるといっても間違いではないだろう。しかし、テーマより先に物語あり。それによって、この作品は傑作となっている。そう言っていい。その上で、登場人物の下す決断を見届けて、衝撃を受けるのだ。人は生まれた運によってすべて違ってしまうのか。それは決定的なものなのか。下のものが上のものをどうにかすることはできないのか。下のものはどうしようもないのか……。

……と、褒めちぎったところで「?」な点。観た人だけ読んでね。

一つ。長女が金持ち一家の厄介な子をすんなり懐柔できたのはなぜか? たぶん、本筋とは関係ないのでカットされたんじゃんだいだろうか。

二つ。金持ち一家の厄介な子が信号を受け取った描写があるのに、あとになにも絡んでこない。これはなにか脚本上で小さくない変更があったんじゃないだろうか。

まあ、そんなところくらいしか疑問点はない。ともかく、半地下の人間がその「におい」によって蔑視され、半地下の人間が濁流の一番被害を受けるところにいる、そのリアリティよ。たぶん、おれからも貧しさのにおいが放たれていることだろう。できれば、そうはなりたくないというところが、おれの今のところの地べたなのだが。もちろん、そんなこと言ってる余裕など、いつ消し飛ぶかはわからない。

 

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……もうちょっと詳しく書こうや、おれ。

 

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これは観ておいて損はないはず。